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藤子A先生に漫画化してほしい厭SF+よしもと新喜劇 エウリピデス『アルケスティス』

エウリピデス『アルケスティス』呉茂一訳、『ギリシア悲劇』第3巻『エウリピデス』上巻所収、ちくま文庫)は、悲劇に分類されているが、とくに悲しい話ではなく、厭な設定とめでたいエンディングの対照があざやかな、妙にかわいい作品だ。

どうしてこういうマズいことを思いつくかな

アポロン神は父ゼウスの不興を買って人間界に追放された。ペライ王アドメトスに助けられ、彼のもとに仕えることになる。その徳ゆえに王は、死期が来ても身代わりを立てれば寿命を延ばせることになっていた。
まったくギリシアの人たちはどうしてこういうマズいことを思いつくかな……。

しかし夭折しそうになったアドメトスの周囲は、老いた両親をはじめだれも身代わりを引き受けない。
そこでアルケスティス妃が身代わりを引き受ける。

死神タナトスは、アポロンが冥界の秩序を乱すと批判する。アポロンは妃の延命はどうかと提案するが一蹴される。どうやら功徳の効果はアポロンにもタナトスにも制御できないらしい。

アルケスティスは夫や子どもたちと抱き合って別れの涙にくれる。ていうか夫、あんたがいらん徳を積むからこんなことになるんだ。
アルケスティスは遺児たちを心配して、夫が再婚しないようにという約束を取りつけて息を引き取る。

ヘラクレス登場

アドメトスの旧友でゼウスの息子であるヘラクレスが、ミュケナイ王エウリュステウスに命じられた12の功業のひとつ、トラキア王ディオメデス(ホメロス『イリアス』に登場するティリュンスの領主とは同名異人)の人喰い馬問題の解決の途上でペライに立ち寄る。

アドメトスは妻の葬儀を隠し、べつの女の葬儀だと言って友を饗そうとする。使用人にはヘラクレスの前で涙を見せて覚られるようなことはするなと命じる。

醜い親子喧嘩

葬儀の準備中にアドメトスの父ペレスが悔みに訪れ、親子喧嘩になる。

息子「若い嫁に死を押しつけやがって。さんざん生きといて、まだそんなに生きてたいか。もうお前らを看取る気はない」(大意)
父 「お前だって生に執着したからこうなったくせに、どの口で言うか。だれに育ててもらったと思ってるんだ。お前の身代わりに死ぬほどの恩など受けてないぞ」(大意)

じつに醜い。
でも、こういう立場に置かれたらたいていの家族はこうなってしまうのではないか。

そうとは知らずヘラクレスが
「どうせ死ぬんだし、死んだ人はほっといて飲んで人生楽しみましょう」
とウェイウェイ飲み食いしていると、使用人が我慢の限界を越えてしまい、ヘラクレスを咎めて実情を話してしまう。

能天気なヘラクレス

ヘラクレスはびっくりして、妃を死神から取り戻すと言い置いて出かける。ヘラクレスに不可能はないとはいえ、12の難行の途中にこんな大仕事がサンドイッチされていたとは……。しかもヘラクレス自身のボランティアで!

アドメトスが葬儀から帰って落ちこんでいると、ヘラクレスが頭から衣をかぶった女性を連れてきて、アドメトスに
「隠しごととは水臭いじゃないか」
と文句を垂れたあと、
「試合で優勝してゲットした商品の女がいるんだが、どう?」
と持ちかける。

アドメトスは
「世間体もあるし妻との約束(再婚しない)もあるんで断る」
と言うが、ヘラクレスは
「まあまあそう固いこと言わずに」
と返し、女の手を友に無理やり握らせて布をはずすと、

じゃーん! 夫婦ご対面である。

ヘラクレスは例によって腕っぷしを見せて、はっきりいうと暴力沙汰で死神タナトスから彼女を奪還したという。
妻は規則でしばらくのあいだは声が出ないが(ここちょっとおもしろい)、末永くお幸せに!

厭SF+よしもと新喜劇

僕の要約のしかたがまずいのか、悪趣味なコメディになってしまったが、とにかく前半の「厭SF」すぎる設定と後半のよしもと新喜劇的人情ドタバタ路線の取り合わせがおもしろい。嫁が生きて返っても、親子の断絶は埋まらないだろうなあ……。

功徳など積まないのが一番なのだろうか。こうなるともう災厄としか言いようがない。
あとアドメトスの寿命はどうなったんだろう。藤子不二雄A先生だったらここで、
「はい、ここでもとどおり、アドメトスさんの天命が尽きました」
となるところだが。

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