見出し画像

100日後に散る百合 - 68日目


「咲季、おかえり」

「ただいま」

「ご飯にする?お風呂にする?それとも綿菓子?」

「運動会がいい」

「しょうがないな」

「ねえ、あのパン食べたら怒られちゃうかな」

「いいんじゃない? ていうか、もう皆スタートしてるよ?」

「あ、本当だ」

「すごい!このパン味がしない!」

「咲季、味のことはいいから早くゴールしなよ」

「鱗が邪魔で走れないの」

「さっき取ったじゃーん!」

「ね、萌花、借り物」

「私が行くの?」

「うん、萌花の頭に付いてる花」

「え、それ私が行かなくてもよくない?」

「んー、分かった」

ブチッ

「痛くない?」

「割と痛い」


いてて。

いててててて。

いったいな、もう。


ぱち。


目を開くと、

そこにはすごく綺麗な女の子がいた。

きめ細やかな肌。

長いまつ毛。

シャープな鼻筋。

少し薄い唇。

結局、まとめると”美しい”とか”可愛い”とか、そういう単純な言葉に集約されてしまうのだが、そうやって形容するのが一番適切ではあるのだ。

少しだけ開いた口から、すぅすぅと寝息を漏らしている姿がまた愛おしい。

この子は、誰?

知っている。

立川咲季だ。

私の彼女。

私の愛している人。

私を愛してくれる人。

今は咲季の家に泊まっていて、

そして咲季のベッドの中にいる。

「いてて」

咲季は自分の手を顔の下に敷くように寝ていたようだが、その手が私の髪を踏んでいた。

故に、咲季と私の顔は、今とても近いところにある。

少し動けば、キスできそうなくらい。

「キス……………」

何気なく放った言葉で、口の中が気になる。

自分の舌が腔内をうろつく。

それは、他人にされているみたいな感覚だった。

キスの感触。

そうして、そこから芋づる式に掘り起こされる記憶が、寝ぼけた頭を襲う。

私は、

私は、昨日、何をした?

真っ白な壁に、たくさんの写真がぺたぺた貼られる。

すべてそこに写るのは、咲季が私を愛してくれているものばかりだ。

そんな動揺で目が泳いで、ふと、咲季の姿に違和感を覚える。

掛け布団をかけていても、少なくとも上半身は何も着ていない。

自分の記憶なんて当てにならない。昨日のことは、私が勝手に捏造しただけだ。そう思い込んでも、状況証拠が揃っている。

私も何も着てないことに気付く。ショーツは履いてるけど。

ねえ、咲季、私たちって、もしかして…………


ぱち。


目の前に、

大きく青い双眸が現れる。

少女は優しく微笑んだかと思うと、

私の身体をぎゅっと抱き寄せた。

伝わる体温。

肌の摩擦。

胸の柔らかさ。

腹式呼吸。

心音。

私はもう、一瞬ですべてを思い出していた。

昨日、”今夜のこと、もう何も覚えていられないと思う”と言ったことまで思い出した。

ちゃんと覚えていられた嬉しさもあるが、

それと同じくらいに、いや確実にそれより大きく、私は恥ずかしさでいっぱいだった。

甘い嬌声。

震える身体。

とろけきった顔。

犬みたいな舌。

吐息。

火照り。

汗。

涎。

涙。

どれだけ咲季に哀れな姿を見せただろう。

あの時はもうどうでもいいやと思っていたけど、こうして反芻すると死にたくて死にたくてしょうがない。

誰にも見せられないし、咲季にだけは絶対に見られたくなかった。

でも、これを見せられるのは咲季だけだ。

私をそんな姿にしてしまったのは咲季だ。

熱くなる。

身体が熱くなる。

昨日のことを思い出して、

今も裸で抱き合っていて、

逃げられなくて、

目の前に大好きな女の子の顔があって、

身体が昨日の感覚を思い出そうとしている。

脳にある記憶を神経系に送信して、

私はそれを必死に感じようとしてる。

まずい。

まずいんだよ、こんなの。

そんな私の昂ぶりをよそに、

咲季は、ゆっくりと眠りに落ちて行った。

私はそれを、素直に見届けることができなかった。



「なーに?昨日のじゃ満足できなかった?」

「わかんない。わかんないけど、してほしくてしょうがないの、いま」



「萌花、大丈夫?」

「大丈夫じゃない。動けない」

「朝から求めてくるなんて、萌花もえっちだねえ」

「……………」

「あれ、否定しない」

「……………咲季のせいだ」

「なんで」

「咲季のせいで私がこんなになっちゃったんだ」

「うれしいな」

「……………」

「いや、今は萌花がしてっていうからしたんだよ?私は別に悪くないんだからね?」

「あんなに激しくしろなんて言ってないもん」

「萌花が可愛いのがいけないんだよ。私の名前必死に叫びながら、狂ったように身体びくびくさせて。本当、かわいい」

「うるさい。説明しなくていいからっ。ていうか、私がそうなっちゃうのは、その、咲季が上手いから……とかじゃないのっ?」

「そんなでもないよ、萌花が感じすぎなんだよ」

「は!? そ、そんなことないし!!」

「いや、めっちゃ敏感だよ萌花。初めてであんなに」

「なぁもう、知らないっ!!」

「んー、でも自分の身体のことは分かっておいた方がいいよ?どこが感じるかとか、どういう触られ方がいいかとか」

「そーですかそーですか」

「いや、別に?激しいのが嫌ならもうやんないよ」

「……………」

「なんでそこ否定できないの。身体に正直すぎない?」

「いや、違っ」

「この淫乱ネコ」

「うるさいなあ!!!!」



#100日後に散る百合


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?