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How to sustain "my love"

タイトルの裏テーマは「持続可能な推し活動」

気づけばもう連休も終わってしまう。そんなときにふと自分の記録というか考えを残すために書きたいことがあったのでnoteを開いた。
ゆえに、ここから先書くことはかなりの持論であることを心得てほしい

↓↓最近こんなツイートを見つけたのである↓↓

緊急事態宣言下の心の友、というかずーーーーーーーっと過去ものも含めて見ていたYoutubeチャンネルの更新頻度変更のお知らせだ。
制作側含めそれぞれのスケジュール調整がきかなくなったのもあるかもしれないけれども、きっとこの先続けて行くには英断だったと思う(それでも週5はすごいものだ)。

思えばいろんなものが好きだと言えるようになった。お笑い、OFFICE CUE、ラジオ、その他諸々のこと...。やはり好きになるとどっぷりハマってしまうものである。でもその勢いが過ぎてしまうとどこか「疲れてしまう」こともある。場合によっては飽きてしまい、手放してしまうものもある。好きなものやことを続けて行くにはやはり少しその加減をコントロールしなければならないこともある。それを体現しているものはこれなんじゃないか、と思う。

2002年7月12日、我々は、「ひとつの旅」を終えました。
この旅は、我々にとって、「重要な意味を持つ旅」となりました。
「水曜どうでしょう」は、この旅をもって、番組に一度、「ピリオドを打つ」ことに致しました。
番組開始から、6年もの長い間、本当に、ありがとうございました。
ただ、誤解しないで頂きたいのは、これをもって、「水曜どうでしょう」に幕を下ろすわけではありません。   
逆に、「ひとつの決断」をしたのです。
我々、どうでしょう班4人は、「一生どうでしょうします!」そういう決断をしたのです。全員がジジイになって、誰かが死ぬまで、「水曜どうでしょう」を続けていこう、と決意したのです。
そのために、今、「ひとつのピリオド」を打たせてください。
少しだけ、休ませてください。
そして、今後は、我々のわがままではありますが、一生続けられるようなペースで、「水曜どうでしょう」を作っていけたら、と思っています

―水曜どうでしょうウラ話(20020725)

これは「水曜どうでしょう」のレギュラー放送最後のロケを終えたあとの藤村Dの日記である。なぜ、これが出たかというと生粋の水曜どうでしょうファンだからだ、私が。(かれこれ10年ほど)
ちなみに、このおばけローカル番組、来月新作放送だそうよ。レギュラースタートからもう四半世紀になっちまうじゃないか。

と、考えると好きを続けるには少しの緩急が必要になるんだとは感じる。時代は進んだものだ、続けるにはいろいろ策は講ずることはできる。

ゆるく、でも確実に続けるためにOFFICE CUE関連については先日会員更新をしたばかりだ。もうこれで10回目、すなわち10年目に突入するのである。これも続けられたのはゆるく、できる範囲でということを続けた結果かもしれない。

私自身も9月から少し環境が変わった。まぁ、ざっくりいうとゴールデンタイムにテレビが見られない状態で、朝から晩まで外にいる状態が平日に発生してしまったことだ。そう考えると方法は録画かTVerなどに頼る状態である。

もちろん社会人ではあるが使えるお金というものは限りがある。遠征もこのご時世難しいことだし、その代替案としてのオンライン配信も有効な手段ではあるが、多いともちろん費用がかさむ(1回1000円台でも回数重ねると1万、2万超えは普通だし)。難しいことである。5年ほど前に県外に住んでいたときも学生という身分だったこともあり、どのみち制限はあった。そう考えるとどんなに好きだろうと、推しても限度はある。だからこそ、できるときの楽しみは倍増するものである。

できる範囲で推し活動を進めていく、それがベストな手段ではなかろうか。...あれ?なんか絶対ありそうな終わり方で終わったなぁ、なんか勢いで書いた割には普通の終わり方やん。ムズっ。