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極度の貧困に関する国連特別報告者、新型コロナ後のセーフティネットは「穴だらけ」と指摘

 極度の貧困と人権に関する国連特別報告者のオリビエ・ドゥ・シュッテ(Olivier De Schutter)氏が、「未来を考えるために振り返る:COVID-19後の経済回復における社会的保護への権利基盤アプローチ」(Looking back to look ahead: A rights-based approach to social protection in the post-COVID-19 economic recovery)を発表しました(9月11日付)。

★ OHCHR - COVID-19: UN poverty expert says social protection measures "full of holes", urges global rethink
https://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=26222&LangID=E

 この報告書は、国連人権理事会決議44/13(2020年7月16日)を受けて作成・提出されたものです。概要はこちらのページでも紹介されています(報告書のPDFもここからダウンロードできます)。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のアウトブレイク以降、世界各国で計1,400以上の社会的保護措置がとられてきたものの、それでも現在の社会的セーフティネットは穴だらけであり、貧困をめぐる世界の状況は今後いっそう悪化するだろうというのが、ドゥ・シュッテ特別報告者の現時点での結論です。人権を基盤とする社会的保護制度を構築していくことが、貧困の根絶と不平等の縮小におけるこれらの制度の有効性に相当に寄与するだろうと、同特別報告者は述べています。

 いくつかの箇所で日本の状況にも言及されていますので、その部分だけ訳出しておきます(太字は訳者)。

12.約94の国または地域が、……日本の特別定額給付金(special cash payment)……などの新たな現金給付の導入によって、社会的保護プログラムを拡大した。
23.正規に雇用されていない個人または正規の身分証明書類を持たない個人が措置から排除され、または措置の適用が世帯主に限定されている場合もある。公式な登録または住所が要件とされることも、ホームレス状態にある者、シェルターで暮らしている者、職場または他のインフォーマルな共同寝所で起居している者にとっては問題となる。新たに策定された多くの給付プログラム(……)では社会保険識別番号が要求されており、インフォーマル部門の労働者や資格外労働者が排除されている。……全住民を対象とする日本の特別定額給付金は公式に登録された世帯主にしか支払われないため、他の世帯員――もっとも顕著な存在としてはすでに苦境に直面している女性または裁判所の〔保護〕命令を得ていないドメスティックバイオレンス被害者――が経済的虐待の可能性にさらされている。
25.「就労への動機づけ」を目的とする失業者保護制度または社会的保護制度は、給付の利用の前提条件として、しばしば公共職業安定所への登録を要件としている。給付が訓練・面接への出席などの要件と関連づけられる場合もあるが、健康問題やケアの必要性のためにこれらの要件を満たせない個人も多い。データベースが不十分であるために、支援を必要としている人々が、建前上は利用できるはずの給付にアクセスできなくなっている場合もある。……日本の場合、多くの失業者保護給付は使用者に対して支払われるため、使用者が報告を行なわない被用者または雇用関係を証明できない被用者(インフォーマルな家事労働者がこれに該当する)は排除される。労働者が直接申請できる場合でさえ、登録されていないフリーランサーその他のインフォーマル労働者のように不安定な雇用形態にある人々は資格がないままである。
41.〔女性を対象とする社会的保護プログラムを発展させてきた国もあるとはいえ〕しかし課題は残っている。……日本では、失業者保護制度も批判を受けてきた。雇用態様の違いのために実際には支援にアクセスできない女性が多く(同国では、3月現在、働く女性の54%が非正社員である)、また一般的には女性が家族のケアの負担を男性よりも多く引き受けざるを得ない現実が制度に反映されていないためである。

 前任者のフィリップ・オルストン氏も、4月22日に発表した声明で各国政府の対応を厳しく批判し、
「いまこそ、住民全体を保護し、不確定な未来を前にしてレジリエンスを構築することにつながる、根本的な構造的改革(deep structural reforms)を行なうときである」
 と強調していました。

 河北新報の社説〈SDGsとコロナ禍/達成の重要性がより明確に〉(9月10日付)でも指摘されているように、「誰一人取り残さない」を理念とするSDGs(持続可能な開発目標)も視野に入れながら、対策をいっそう強化していくことが必要です(筆者のnote〈SDGsと人権――『持続可能な開発目標(SDGs)報告2020』から〉、一般社団法人SDGs市民社会ネットワークの8月12日付声明なども参照)。

 なお、COVID-19が人権に及ぼす影響に焦点を当てた国連人権専門家の報告書としては、これまでに以下のものが発表されています。

1)意見および表現の自由に対する権利の促進および保護に関する国連特別報告者「疾病パンデミックと意見・表現の自由」(Disease pandemics and the freedom of opinion and expression、4月23日付)
https://www.ohchr.org/EN/Issues/FreedomOpinion/Pages/ReportDiseasePandemics.aspx

2)教育に対する権利に関する特別報告者「COVID-19危機が教育に対する権利に及ぼす影響:懸念・課題・機会」(Impact of the COVID-19 crisis on the right to education: concerns, challenges and opportunities、6月15日付)
https://www.ohchr.org/Documents/Issues/Education/A_HRC_44_39_AdvanceUneditedVersion.docx (Word)
※概要はこちらの記事を参照。

3)現代的形態の奴隷制に関する特別報告者「新型コロナウイルス感染症パンデミックが現代的形態の奴隷制および奴隷類似の刊行に及ぼす影響」(Impact of the coronavirus disease pandemic on contemporary forms of slavery and slavery-like practices、8月4日付)
https://undocs.org/A/HRC/45/8

4)有害物質および廃棄物の環境的に適切な管理および廃棄が人権に及ぼす影響に関する特別報告者「COVID-19への曝露の防止義務」(Duty to prevent exposure to COVID-19、8月5日付)
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/RegularSessions/Session45/Documents/A_HRC_45_12_AUV_EN.docx (Word)

 今後も引き続き、さまざまな観点に立った報告書が発表されていく見込みです。最新情報は筆者のサイトの〈新型コロナウィルス感染症と人権 参考資料〉を参照。

【追記】以下、新たに公表された報告書の追加です。

5)一方的強制措置が人権の享有に及ぼす影響に関する特別報告者「一方的強制措置の悪影響:優先課題とロードマップ」(Negative impact of unilateral coercive measures: priorities and road map、7月21日付)
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/RegularSessions/Session45/Documents/A_HRC_45_7_AEV.docx (Word)

6)アフリカ系の人々に関する国連専門家作業部会「COVID-19、制度的人種主義およびグローバルな抗議」(COVID-19, systemic racism and global protests: Report of the Working Group of Experts on People of African Descent、8月21日付)
https://undocs.org/en/A/HRC/45/44

7)性的指向およびジェンダーアイデンティティに基づく暴力および差別からの保護に関する独立専門家「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下における性的指向およびジェンダーアイデンティティに基づく暴力および差別」(Violence and discrimination based on sexual orientation and gender identity during the coronavirus disease (COVID-19) pandemic、7月28日付)
https://undocs.org/A/75/258

8)女性に対する暴力、その原因および影響に関する特別報告者「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックと女性に対するジェンダーに基づく暴力パンデミックとの交差:家庭における暴力と『家庭に平和を』イニシアティブに焦点を当てて」(Intersection between the coronavirus disease (COVID-19) pandemic and the pandemic of gender-based violence against women, with a focus on domestic violence and the "peace in the home" initiative、7月24日付)
https://undocs.org/A/75/144

9)先住民族の権利に関する特別報告者「先住民族の権利に関する特別報告者 José Francisco Calí Tzay の報告書」(Report of the Special Rapporteur on the rights of indigenous peoples, José Francisco Calí Tzay、7月20日付)
https://www.undocs.org/en/A/75/185

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