国連・子どもの権利委員会、先住民族の土地における鉱物探査許可をめぐってフィンランドの条約違反を認定
国連・子どもの権利委員会が、先住民族サーミの伝統的土地における鉱物探査許可の付与をめぐる個人通報事案でフィンランドの条約違反を認定したことは、〈国連・子どもの権利委員会の第97会期が終了/個人通報議定書発効10周年記念イベントも開催〉でとりいそぎお知らせしました。
このほど決定書(CRC/C/97/D/172/2022、先行未編集版、決定日:9月13日)が公開されたので、OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)の下記プレスリリースも踏まえつつ、その概要を紹介します。なお、国連・社会権規約委員会も同種の事案2件についてフィンランドの規約違反を認定しており(決定日:9月27日)、その決定書(E/C.12/76/D/251/2022、先行未編集版)もあわせて公開されています。
★ OHCHR - Finland must respect the rights of Sami Indigenous people to traditional lands: UN Committees find
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2024/10/finland-must-respect-rights-sami-indigenous-people-traditional-lands-un
3件の通報を行なったのは、伝統的にトナカイ放牧を生業としてきた、先住民族サーミの Kova-Labba 共同体(Siida)の構成員です。3件の通報の申立人はそれぞれ異なりますが、2件は彼らの伝統的領域で鉱物探査許可が出されたこと、1件は彼らの土地に鉱物探査のための区画留保(area reservation)が設定されたことに関わっています。いずれの許認可でも事前の影響評価は実施されず、当事者である先住民族が意思決定に効果的に参加するプロセスも設けられなかったとされます。
子どもの権利委員会に対する通報では、同共同体に属するある家族の3姉妹(13歳・15歳・16歳)が申立人となり、鉱物探査によって自分たちの文化の継続性に予測不能な悪影響が生じて、サーミの文化と生計手段を受け継いでいく能力が制約されると訴えました。
この鉱物探査申請はフィンランド経済問題雇用省の下に設けられた地質調査庁から出されたもので、金・銅・鉄の資源探査のため、申立人らの伝統的トナカイ放牧地の近辺20か所近くで試掘を行なう計画になっていました。安全・化学物質庁が鉱業法に基づいて地質調査庁に探査許可を出したため、申立人らも構成員であるトナカイ放牧者協同組合が行政訴訟を提起したものの、最終的に訴えが認められなかったことから、国連・子どもの権利委員会への申立てに至ったものです。他の村民が社会権規約委員会への申立てを行なうこともわかっていましたが、「サーミの文化と生活様式が世代を超えて妨げられることなく受け継がれることの受益者である先住民族女子としての個別事情」をあえて取り上げるため、子どもの権利委員会にも通報することにしたとのことです(決定書パラ2.15)。
申立人らはとくに、鉱物探査によって、▽他のサーミとともに自分たち自身の文化を享受する権利(条約30条)、▽サーミとしてのアイデンティティに対する権利(8条)、▽トナカイ放牧を基盤とする十分な生活水準に対する権利(27条)が侵害されると主張するとともに、あわせて健康に対する権利(24条)と差別の禁止に対する権利(2条1項)も援用していました(決定書パラ3.1)。委員会は、8条、27条、30条および2条1項がいずれも本件に関連する条文であることを認め、申立人らの通報を受理するとともに、あわせて12条(子どもの意見の尊重)も関連してくることを確認したうえで、本案審査に進んでいます(決定書パラ8.6-8.7)。
委員会はまず、国連・先住民族権利宣言(2007年、市民外交センター仮訳PDF)や他の人権条約機関の先例も参照しつつ、
「条約第30条は自己の伝統的領域を享受する先住民族の子どもの権利を掲げたものであり、かつ、これらの子どもに影響を及ぼすいかなる決定もその効果的参加を得て行なわれるべきであること」
を確認しました(決定書パラ9.17)。
そのうえで、
「とくに先住民族である子どもが、影響評価におけるこれらの子どもの考慮から、十分な情報に基づく自由な事前同意プロセスへの効果的参加に至るまでの、このような〔許認可〕プロセスの中心に位置づけられなければならない」
と強調し(決定書パラ9.22)、次のように述べて、12条とあわせて解釈した条約8条、27条および30条の違反があったことを認定しています。
委員会はさらに、差別の禁止の原則(条約2条1項)との関連でも8条・27条・30条違反があったことを、次のように述べて認定しています。
委員会は、先住民族の子どもとその条約上の権利に関する一般的意見11号(2009年)で、条約6条(生命・生存・発達に対する権利)との関連で
「先住民族の子どものコミュニティが伝統的生活様式を維持している場合、伝統的土地の使用は、子どもの発達および文化の享受にとって相当の重要性を有する。締約国は、生命、生存および発達に対する子どもの権利を可能なかぎり最大限に確保しつつ、伝統的土地および自然環境の質の重要性を緊密に考慮するべきである」(パラ35)
と指摘していましたが、今回の決定は、伝統的土地に関わる先住民族の子どもの権利保障のあり方を個別事案に即して詳しく述べた、重要なものと言えます(網羅的に確認していませんが、このような決定は委員会にとっては初めてではないかと思います)。
また、今回の決定では、条約8条(アイデンティティの保全)については詳しい検討を行なった形跡がとくに見られないのですが、日本政府が「身元関係事項」と訳している identity には広く民族的・文化的アイデンティティも含まれることをあらためて確認したものとも評価できそうです(この点につき、一般的意見11号のパラ44-45も参照)。
以上を踏まえて委員会がフィンランドに行なった勧告の概要は、次のとおりです(決定書パラ10)。
申立人らに対して行なわれた侵害行為について実効的な被害回復措置(reparation)をとること。これには、十分な情報に基づく自由な事前同意プロセスを十分に進めることを可能にする第1段階として子どもの権利志向の影響評価を実施した後、鉱物探査プロジェクトを実効的な形で見直すことが含まれる。このようなプロセスには申立人らも効果的に参加するべきである。
今後同様の侵害行為が生じないようにするために必要なあらゆる措置をとること。この点、とくに影響を受ける先住民族の子どもの参加を確保しながら、十分な情報に基づく自由な事前同意に関する国際基準を体現し、かつ、環境・社会影響評価(子どもの権利志向の評価を含む)を含めるための法改正の努力を追求するよう、要請される。
社会権規約委員会も、鉱物探査許可をめぐる通報と鉱物探査のための区画留保の設定をめぐる通報を一括して審査し、伝統的土地に対する先住民族の権利をフィンランドが法的に承認していないことを問題視して、規約15条1項(a)(文化的生活に参加する権利)について、同条項をそれ自体で解釈した場合にも、規約1条(自決権)、2条2項(差別の禁止)および11条(十分な生活水準に対する権利)とあわせて解釈した場合にも、違反があったと認定しました(社会権規約委員会の決定書パラ15)。同委員会も、事業の見直しや再発防止措置について、子どもの権利委員会とおおむね同様の勧告をフィンランドに対して行なっています。
探査許可に基づく掘削等の具体的活動は社会権規約委員会による暫定措置要請を受けて中断されているとのことなので、今回の決定を受けてフィンランド政府が事業の見直しをどのように進めていくかが当面の焦点になりそうです。
なお、個人通報制度に基づいて子どもの権利委員会がこれまでに採択してきた主な決定は、私のサイトの〈国連・子どもの権利委員会 個人通報 決定一覧〉を参照。