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プリズム劇場#023「見えないものが見えない人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/66af27d1c2ec0d1cd45a9a77
【YouTube】
https://youtu.be/e5lknBoMt2Y
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


「ねえ、いつ一緒に住んでくれるの?」
 芽依はそう言って俺の目をじっと見た。
「うーん、いつって言われてもなぁ。舞台がまたあるし、そのうちかな」
「半年前もそう言ってたよね? いつになったら落ち着くの?」
「何? 文句でもあんの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあいいだろ別に」
 俺はベッドに寝っ転がり、スマホをつけ、麻雀ゲームを起動した。
「もう、お金がキツくて」
 芽依は絞り出したような声で言った。
「金?」
「2軒分のお家賃と生活費払うのが……ちょっと……」
「お前は女なんだから、稼ぎようはいくらでもあるだろう」
「どういうこと?」
「何のために水商売があると思ってるんだ。キャバクラでも風俗でも行けばいいじゃないか」
「……本気で言ってる?」
「本気だよ。本気で芝居したい、俺といたいって言うなら、それくらいできて当然だろ。それが愛情ってもんだろう」
「じゃあ、章吾の愛情は何なの?」
「俺?」
「私が章吾のために水商売するのが愛情って言うなら、章吾は私のために何をしてくれるの?」
「俺はほら、仕事がんばってるから」
「仕事?」
「芝居をがんばることが、お前への愛情だ」
「……そう」
 芽依は立ち上がると、台所で洗い物を始めた。
 ったく、いちいちああだこうだ言いやがって、面倒くさい女だ。こんな面倒くさい女の相手をしてやれるのは俺くらいなもんだ。それだけで感謝されてもおかしくないのに、まるで俺が何もしてないみたいに言いやがって。呆れた女だ。

「だっせぇ! クソだっせぇ!」
 後藤誠二はイケメンの顔を崩しながら、腹を抱えて笑っている。
「勝浦さん、本気で言ってるんすか? 女に養ってもらっておいて、どの口が言ってるんすか」
「向こうが俺に惚れてるんだから、別にいいじゃねぇか」
「松岡さん! 松岡さん!」
 後藤はトイレから帰ってきて通りかかった松岡プロデューサーに声を掛けた。
 他のテーブルでも役者やスタッフが顔を赤くしながら談笑している。
 俺はハイボールをグビリと飲んだ。
 松岡さんは良い感じに顔を真っ赤にして少し眠そうにしながら俺達のテーブルへ来た。
「何? 誠二くん」
「勝浦さん、彼女さんに自分ちの家賃と生活費払わせてるんですって。すごくないですか? でも同棲はしてないから、家賃2軒分払わなくちゃいけなくて、彼女さんお金がキツイって言い出したんですって」
「ん? そりゃそうだろう。真っ当に働いてたって2軒分はキツイに決まってる」
「それなのに勝浦さん、彼女さんに水商売で稼げって言ったんですって!」
「は?」
「女なんだから、男と違って稼ぎようはあるだろって話ですよ」
 松岡さんは大きな溜息を吐いた。
「お前はさぁ、責任感ってもんがないわけ?」
「何の話ですか?」
「芝居で食っていこう! みたいなガッツはないわけ?」
「ありますよ! だからこうやって……」
「じゃあ彼女に甘えてねぇで自分で稼ぐべきだろう。女は稼ぎようがある? 水商売で稼げる女なんて一握りに決まってんだろ。芸能界と一緒だよ。そんなこともわからないでよく偉そうなこと言えんな」
「じゃ、じゃあ俺はどうすればいいんですか?」
「とりあえず家賃! 家賃を払え!」
「家賃ですか?」
「自分ちだけじゃねぇぞ。彼女んちもだ。今まで払って貰った分、きっちり返してあげるんだ」
「2軒分なんて無理ですよ!」
「え、でもそれを彼女さんにはやらせてたんですよね?」
 後藤は馬鹿にするように俺を見ながら煙草を吸い、煙を吐き出した。
「2軒分がキツイなら一緒に住んじまえばいいじゃねぇか。生活費も今よりかからなくなるし、オススメだぞ」
「同棲ってことか……」

 その日、芽依は朝から上機嫌だった。ニコニコしている芽依はそれなりに可愛い。俺も少しテンションが上がった。
 不動産屋に行くと、ラガーマンのような体型のおっさんが対応してくれた。
「ワンルームですか? お二人で?」
 おっさんは怪訝そうな顔をした。
「失礼ですけど、お二人で住まわれるなら、せめて1LDKとかにした方が……」
「いや、だから予算は6万しかないから、ワンルームでいいって言ってるじゃないですか」
「彼女さんの方は今、働かれていないんですか?」
「あ、いや、働いてはいますけど」
「じゃあお二人で力を合わせればもうちょっとご予算上げられるのでは?」
「いや、俺が払いたいんです。俺一人で払える部屋がいいんです」
「あああ……なるほどぉ……」
 おっさんはいくつか部屋を見繕い、内見に連れて行ってくれた。そのうち一つは築年数は経っていたが、中はキレイに保たれており、そこに決めた。
 俺は申込書に、職業『俳優』年収『400万』と書いた。芽依はそれを見て、一瞬「え?」という顔をした。どうせ年収なんてバレないバレない。
「お客様、個人事業主様と言う事で、収入を証明できるもののご提出をお願いしたいのですが……」
「収入の証明?」
「例えば確定申告書の控えとか……」
「確定申告? やってないっすよ、そんな面倒なこと」
「え?」
「普通やらないでしょ? あれは資産がある爺さんたちがやるもんでしょ?」
「いや、確定申告をしていないお客様はちょっと……」
「え? ダメなんですか?」
「はい、申し訳ありません」
 隣に座っていた芽依は、静かに、しかししっかりと溜息を吐いた。

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