見出し画像

神々の賭博場(7)

 ナルニサスはデスクの向こうから、私をそれとなく観察しているようだったが、やがて「ふむ」と一声つぶやくと立ち上がり、応接セットへと向かった。
「どうぞ、君も掛けたまえ」
 そう言って、ナルニサスは革張りらしきソファに深々と腰を下ろした。

 特に断る理由もない。私は警戒を怠らずにゆっくりと反対側に腰を下ろした。
「葉巻はどうだね」
 ナルニサスがテーブルの上にあった葉巻ケースを差し出していった。
「いや、結構」
 ナルニサスは「そうか」と言って、また再び私を観察し始めた。

 しばらく沈黙が続いた。

 ナルニサスの風貌は、ギリシャ彫刻にそのまま生命をあたえたかのようだった。
 彫りの深い顔立ちは完璧なほどに整っているが、それがかえって不自然で、非人間的な印象を彼に与えていた。
 髪は落ち着いたブロンドで、コバルトブルーの瞳の奥には小さな光がいくつか星のように散っていた。
 しっかりと着こなされたビジネススーツは白地に様々な色彩が稲妻のように交差しており、ある種の前衛芸術のように見えた。

「仕事の調子はどうだね」
「仕事?」
「そう、あれは…何と言ったらいいのかな?傭兵、狩人、殺し屋…”借金取り”では、少々下品すぎるかね?」
「「特殊神性負債回収業務」、正式にはそう呼ぶ」
 私は「副業」の名前を口に出した。

「そう、それだ、その回収業務。随分荒っぽい仕事らしいじゃないか。神を殺すんだろう?」
 そう言って、ナルニサスは探るような目で私を見た。
「ええ、借金のカタにね。物騒なもんです」
 私は、特に感情をこめずに答えた。

「君は宇宙中を追い回すわけだ。「銀行」の命令で。慈悲も何もなく。「負債」を処理できなかった哀れな神や半神を。…何の疑いもなく」
「…私自身にも色々事情がありますのでね」

 私の肉体のおよそ95%は強化処理されており、限りなく不老不死に近い。
 それに加えて、宇宙最高の武器の一つに数えられるだろうオメガ級アサルトガントレットや、あらゆる情報をもたらし、分析するコズミックヘルメット。それらは全て、「宇宙鍛冶師ギルド」の手によるものだ。

 この、多数の種族により構成された秘密主義かつ全体主義的な集団は、宇宙のあらゆる場所に支部を持ち、報酬次第で、どんな超技術でも顧客に提供する。
 神々への復讐のために手段を選ばなかった私は、「ギルド」の提供可能な最高品質の武器、装備を求めた。
 そして、その代金を「汎宇宙銀行」からの借金で支払ったのである。

 「銀行」は私を査定・評価し、1つの「業務委託」を受けることを条件に、この分不相応な借金を認めた。
 それが、「特殊神性負債回収業務」。「汎宇宙銀行」に対して不渡りを出した神性存在を追い詰め、担保とされている彼ら自身の肉体を「回収」する汚れ仕事なのだった。

 「無法の神々」の追跡には膨大な年月を必要とした。
 砂漠の中から1本の針を探し出す方が、まだ楽だと言える過酷な探索の旅の途中、ほんのわずかな期間(と言っても、それは長い探索の旅と比較してのことだが)を割いて、私はこの「副業」をこなすことになったのだ。

「この「巨神の休息場」は、文字通りの意味で、私自身だ」
 ナルニサスは私の目をじっと見据えた。
「この場所に響く喜びと興奮の声は、私への祈祷であり、賛歌だ。それが私に力を与え、私を無限の存在とする」
 言葉を発するごとに、彼の目は鋭くなり、獰猛な光を宿しはじめた。
「分かるかね?この地で私にできないことなどない。この地で私に敵対すると言うことは、絶対的な破滅を意味する」
 ナルニサスの口が嘲るようにゆがんだ。
「だというのに、この地を汚そうとするものは、後を絶たない。これまでも、たくさんの愚か者が、ここに蓄えられた巨万の富を求めて、この私を出し抜こうとしてきた。そして…」
 ナルニサスの両手がパン、と打ち鳴らされた。
「破滅した。誰一人の例外も無くだ」

 はりつめた空気が、わずかに弛緩した。

「それをふまえた上で、だ。君の知っていることをすべて話してもらいたい」
 ナルニサスは、そう言って、にこやかに笑った。
 後ろに刃を隠した笑いだった。
 下手な事を言おうものなら、ただではすまない、そう言っていた。

 私は、何かに巻き込まれていた。
 私は、ため息が出そうになるのをかろうじてこらえた。
 とりあえず、全てを正直に話すことにした。

「そもそも、ここへ来たのは、個人的な復讐を果たすためでした。仇の相手は、「怠惰」のヒースー・ヤと言います。若い神です」

 ナルニサスは、しばらく目をつむると、何かを確認したようにうなずいた。
「千年ほど逗留中だな。現在、地殻ポーカーの真っ最中だ」
「ついでに、彼の資産状況もチェックしてみてください。彼自身の「資産価値」がどんどん減っているはずだ。ここでの豪遊の結果です」
「確かに、博打の負け分を、「手形」の乱発で賄っている。…彼にとっては少々まずい状況だな」

「広く知られていることですが、神々の持つ無限の時間は、汎宇宙銀行の保証によって通貨として認められている。彼らは、それを「銀行」を通じて他者に譲渡したり、証券として発行したりできる。それらを他の通貨と交換することも」
「そして、その価値は通常の星間通貨と同じく変化し、ときには底をついて「銀行」により取引禁止の措置を受ける」
「そうです。このままいけばヒースー・ヤは無一文に近い状態になる。そうすれば、どうなります?」
「彼には、出て行ってもらうことになる」
「私は、そこを狙います。奴が、ここを離れ、宇宙空間を数光年ほど進んだところを、襲うんです。あなたに迷惑は掛からない」

 ここまで話しながら、ナルニサスにヒースー・ヤとの何らかの個人的なつながりがないことを祈った。
 事前の調べでは、あの「怠惰の神」には密接な関係を持つ神格は全くと言っていいほどなかったはずだが。

「復讐の動機は何だね」
「故郷を、そして全ての同胞を滅ぼされました。復讐には十分でしょう」

「君の言葉の全てが真実だと証明する確実な証拠は?」
 ナルニサスの目が、私を射貫くように見た。
「ありませんね。そもそも、何のために、そんな必要があるんですか?」
「君の無実の証明のためだよ」
 当然のことではないか、と言わんばかりに、ナルニサスは言った。
「いったい、私に何の罪があると言うんですか。私の目的は、全て話した。これ以上は何の隠し事もありません」

「ふうぅぅ……」
 ナルニサスは深くため息をついた。
「腹芸の応酬には、飽き飽きだ」と言わんばかりに。

「ここから、100パーセクほどいった宇宙空間上に、ダルマーの宇宙海賊たちが、艦隊を集結させつつある。目的は、この「神々の休息場」の略奪だ」
 いつのまにか、ナルニサスの手には、細長い葉巻が出現していた。
「「休息場」に蓄えられた財産は、ちょっとした星間帝国並みと言っていい。それらの大半は、預金データの形をとっているが、中には貴金属や、クリスタルチップとして保管されているものもある」
 ナルニサスは、葉巻に火をつけた。

「それらの半分も手に入れることができれば、一財産どころではない。数万人が一生を遊んで暮らせるだろう」
 ナルニサスは、葉巻を咥えると、軽く一服した。
 初めて嗅ぐ、複雑な香りの煙が、辺りを流れた。

「先ほども言ったが、こうした試みは、今までに数えきれないほどあった。そして、全てが失敗に終わった。だが、人とは愚かな物だ。誰かが失敗した次の瞬間には、別の誰かがこう考える「自分ならば、もっと上手くやる」とね」
 ナルニサスは、もう一服した。
「掠奪の手口は、年々、手が込んできている。コロニー全体を次元ごと真っ二つにしようとした奴もいる。そして、ダルマーの海賊どもが考えた手段が、これだ」

 ナルニサスが手を振ると、部屋の半分の光景が変わった。

 コンクリートの床の上に、奇怪なオブジェがあった。
 裸の成人男性のようだったが、その身体は、複雑に組み合わされた拘束具によって固定され、あり得ない方向にねじ曲げられていた。
 それは、ヘルメスの変わり果てた姿だった。

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?