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死んだらタヒチに撒いてね。

サヤカがそう言ったとき、とっさに僕はうんと返事をしたけれど、頭のなかにうかんだことといえば、タヒチってどこだっけ。

アイフォンを片手で開いてグーグルマップを押す。タヒチ、と入力すると案の定島が出てくる。でも、どこかわからない。二本のゆびで懸命に縮小すると、やっとメキシコとアメリカが出てきた。経路、を押すと何も出てこなかった。

そりゃ、そうか。

タヒチに行ったことあったんだ。

そんな言葉が愚問だったのはすぐにわかった。ない。でも昔なんかの小説となんかの絵に出てきた、とサヤカは言う。そうだった。サヤカにとって場所なんて、インクと絵の具のなかに出てきたら行ったも同然なんだから。

骨って白いのかな、とサヤカは言う。白いんじゃない?真っ黒焦げにはならないよ、と僕はこたえる。

白い骨、しろい砂浜、蒼い海、あおい空。しろいココナッツの実、碧いヤシの木。あおとしろ、白と青。

死んだら猫になって帰ってくるよ。

どんな猫?と聞いたら頭が逆三角形だって。それってかわいいのかなあ。かわいくなくても、猫は猫だ。ちなみに僕は、生まれ変わったら中世ドイツの靴職人になると決めている。猫もラッコもコアラもかわいいけれど、そんなに寝ていてはすぐに死んでしまう。

生きているあいだにタヒチに行く?

ああ、これもきっと愚問だった。タヒチには目も耳もいらない。あるのは、白と青、あおとしろ。

僕が愚問を繰り返しているうちに、サヤカはぐうといびきを立て始めた。ふう、やっと今日もいちにちが終わる。僕は腕を懸命に伸ばしてサイドランプのスイッチを押した。やがて訪れた暗闇はしろとあおだった。






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