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金魚掬い 第十二話

それから、約半年後。

私と紗菜は、ある村に住んでいた。

夫に別れを切り出したのは、紗菜を追いかけたあの日から、比較的すぐのことだった。すんなりいくと思いきや、意外にも夫は手のひらを返したように私をなだめ始めたが、紗菜の瞳を見たとたん、彼は何も言わなくなった。

今は、紗菜と私の、二人きりだ。

父と母が残してくれたこの別荘と畑を使って生計を立てていくことが楽ではないことは、誰の眼にも明らかだった。

それでも、紗菜は見る見るうちに、快活になった。

彼女の瞳にはたくさんの色が、宿っていた。

そのような彼女を見て、ふと古い歌が口をついて出た。

小魚たちの群れ きらきらと

海の中の 国境を 超えてゆく

諦めという名の 鎖を

身をよじって ほどいてゆく* ……

……村の祭りに行きたがる紗菜に、私は渋々付き合った。小さいながらも屋台が出て、夜に浮かぶ華やいだ蛍のように、そこの空間だけ闇から浮かんでいた。

浴衣を着た紗菜は急に大人びて見えて、結ってあげた髪から覘くうなじを見ていると、ふいに彼女を遠くに感じた。

私の心配にも関わらず学校で上手くやっているらしいのだから、友達と行きなさいよ、と言うと、私の気持ちを知ってか知らずか、「お母さんと行きたい」と言って、譲らなかったのであった。

「お母さん、これやりたい」と言って彼女が指差したのは、狭い囲いの中で懸命に泳いでいる、金魚だった。

金魚掬いを眼にしたのはあの日以来だった私にとって、金魚はとても小さく見えた。

言われるがままお金を渡し、はりきって取りかかる紗菜を見ていると、ふいにあの日を思い出した。

五歳の私にとって、金魚は大きくて少しばかり怖かった。

それでも、私は隣にいた美代子さんと、何より家で私の帰りを待っていたであろう、母の温もりに包まれていたのであった。

ちゃっかり二匹を持ち帰ろうとする紗菜に向かって、私は慌てたように声をかける。

「ちょっと、どうするつもり。水槽なんてないわよ」

「ん……秘密」そう言って紗菜は小さな女の子のように笑った。

草の間に紛れ込んだような小川を頼りに、私と紗菜は家に向かって歩いていた。

ふいに、紗菜が立ち止まる。

どうしたの、と聞く前に、彼女はいきなりしゃがみこんで手にしていた袋を開け、水に浸した。

「でも金魚は……」と言いかけた私を、手で制する。

「いいの、これで、いいの」彼女はぽつりと言った。

密室から解き放たれ、険しい流れの真っただ中に、それでも懸命に泳ぎ抜く姿を見て、私は今やっと、あの日のことが、腑に落ちた。

なぜ母が、あんなにも取り乱したのか。

なぜ母が、あの金魚と自分を重ねてしまったのか。

母の最期の言葉は、母が私に託した、自分自身の、果たせなかった想いだったのだ。……

*中島みゆき『ファイト』

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