マガジンのカバー画像

金魚掬い

16
女性の女性による女性のための物語。
運営しているクリエイター

2016年12月の記事一覧

金魚掬い 第四話

金魚掬い 第四話

菜々美は、いい子すぎた。それが私を、不安にさせた。

元々、聞き分けのよい子供だったのは確かだが、あの日―夏祭りの日―以来、菜々美は一層「お利口さん」になってしまった。

菜々美は本当に、あの日の出来事を忘れてしまったのだろうか。あの無垢な瞳が嘘をついているとは、とても思えなかった。思いたくもなかった。

あのとき、聞いてさえすれば。

そうすれば、今こうして書き記していることも、なかったのかもし

もっとみる
金魚掬い 第三話

金魚掬い 第三話

がちゃがちゃ、と玄関から音がして、私は慌てて手の中のページを繰るのをやめた。そのまま閉じて、引き出しの中に仕舞う。

もうこんな時間か、と思いながら私は玄関に向かった。

「おかえり」

「ただいま」と娘は言った。少し、疲れているようだ。

「何か飲む」

「いいよ……自分でやるから」

そう言って、ぺたぺた音を響かせながら紗菜はぱたんとドアを閉めた。

手持ち無沙汰になった自分が、少しばかり憎か

もっとみる
金魚掬い 第二話(4)

金魚掬い 第二話(4)

…次の日の朝階下に赴くと、菜々美は既に起きていた。一瞬胸が乾いた音を立てたけれど、声色を変えることなく菜々美に話しかけることができた。

「菜々美、おはよう。早いわね」そう声をかけると、椅子に座った菜々美はくるっとこちらを振り向いた。その顔はいつもと変わらないであろう笑みを浮かべていた。菜々美の表情からは、私に対する感情は読み取れなかった。

「おはよう、お母さん。今日は、起きてきて大丈夫なの」

もっとみる
金魚掬い 第二話(3)

金魚掬い 第二話(3)

暫くすると、扉をたたく音がした。一瞬胸が締めつけられたけれど、音の位置であの子でないことがわかった。どうぞ、と言うと、美代子さんが顔を覗かせる。

部屋の中に静々と入ってきた彼女は、私と目を合わせようとはしなかった。それが軽蔑からくるものではないということに気付き、私も目を伏せていた。

黙って床に鏤められた金魚を拾い集め、床を拭く彼女を、黙って私も見ていた。

「お身体は、如何ですか」

「ええ

もっとみる
金魚掬い 第二話(2)

金魚掬い 第二話(2)

……がちゃがちゃ、と音がして、そのすぐ後にただいま、と言う菜々美の声が響く。その声は、夏祭り特有の華やかな色合いをしていた。

とんとん、という小さな足の音が、近づいてくる。「走ってはいけませんよ」という美代子さんの声にも、負けじと響く。

扉が、乾いた音を立てる。菜々美が声を発する前に、私はどうぞ、と言った。がちゃり、と音を立て、菜々美が顔を覗かせる。弾けるような笑みが、小さな身体から発せられて

もっとみる