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コロナを乗り越える 孤独イノベーション-KIBOW社会投資リサーチ③

新型コロナの影響により、一人ひとりが物理的に距離を保つようになった結果、心理的にも距離を感じ、孤独を感じる人が増加し、それに伴う様々な問題が顕在化しています。本記事では、新型コロナによって顕在化した孤独に関する課題と加速するイノベーション事例を紹介します。

社会課題とその構造 

新型コロナの最も有効な感染防止策の1つは、ソーシャルディスタンスをとることだと考えられています。この基本コンセプトに則り、政府や地方自治体は外出自粛を要請しました。これ自体は非常に重要な意思決定だったと思われる一方で、意図せざる結果として、人々の間では社会的接触・コミュニケーションの減少にともなう孤独感の発生といった課題が見られるようになりました。

こうした孤独は人々の心身に悪影響があると知られています。健康の社会的要因に関するいくつかの研究によると、他者との結びつきの欠如は心身の健康状態を悪化させ、死亡率を高めるとされています(Umberson and Montez 2010; 杉澤・近藤 2015)。

では、より具体的に、孤独は私達の生活にどのような課題を投げかけるのでしょうか。

高齢者:
高齢者は、もともとのITの利用率の低さなどもあり、インターネットを介した代替手段にアクセスできないことも多く、外出自粛によって社会とのつながりが断絶されてしまうケースが散見されます。

① 認知症
特に重大な問題となりうるのは、認知症です。認知症の大きな原因は外界からの刺激不足、すなわちコミュニケーションの不足による精神的な衰弱や、運動不足による肉体的な衰弱であると考えられており、これらの観点から外出自粛は本来避けるべき事象であると考えられます。

② 孤独死
加えて、外出・接触制限による社会とのつながりの断絶は、孤独死の観点からも大きな問題となり得ます。例えば、子育て世代が実家に帰省することが難しくなる、地域コミュニティによる見守りサービスを実施しづらくなるなどにより、一人暮らし高齢者の健康状態の変化に気づきにくくなる危うい状態はすでに各地で発生しています。一方で、一人暮らし高齢者も、報道などを受けて過剰な不安を感じた結果、本来必要な生活習慣病等の治療の為の通院さえもためらってしまい、気づかないうちに健康状態が悪化してしまう問題もあります。

全員が対象:
③ うつ病リスク
孤独にまつわる問題は高齢者だけに限られるものではありません。若年・現役世代にとっても孤独感の発生は鬱などの精神疾患につながる重大な問題です。そもそも鬱や依存症は漠然とした不安によって引き起こされやすい疾患です。見えないウイルス・いつ終わるかわからない感染爆発・突然変更を余儀なくされた労働環境など、様々な要因が重なり合った結果、”コロナ鬱”と呼ばれるように鬱を発生してしまうケースは多々あり、大きな問題となっています。

④ 依存症
より身近な例で言えば、外出自粛に伴う飲酒量増加によって、依存症に陥ってしまうケースもあります。これは外出自粛や在宅勤務により屋外での娯楽や移動が減った分、空いた時間で飲酒する習慣ができてしまったケースや、孤独や不安を紛らわせるために飲酒する習慣ができてしまったケースなど、経路としては様々な事例が存在しますが、いずれにせよ周囲の制止・救援が届きづらい状況での飲酒による依存症の発生・深刻化が問題視されています。

新型コロナの影響によりプレアルコホリックの人の飲酒開始時間が早まり、深刻なアルコール依存に陥りやすくなってしまっている状況や、依存症からの回復支援団体への問い合わせが倍増するなど、いくつか危険な兆候が報告されています。また、こうした依存症や鬱からの回復を目指す自助グループが移動や集会が制限される中で十分なケアができず、依存症患者の中で症状が悪化・再発してしまう事例も出てきています。

このように、大きな課題を生み出すと見られる”孤独”ですが、これを解決するためのイノベーション事例も既に生まれつつあります。ここでは、日本・世界における”孤独とその課題を解消するイノベーション事例”を4つ紹介します。

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イノベーション事例

1. 日本のシニアが“世界”とつながり、生きがいを生み出すサービス
対象:生きがいや外界とのつながりを失いつつある高齢者

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新型コロナの影響で世界的に交流が制限されつつある中、見知らぬ外国の方と話す機会は減少してしまっています。こうした刺激に溢れる体験は、特にご高齢の方の脳を非常に活性化させる素晴らしいものであると考えられる一方で、なかなかハードルが高いものでもあります。

Helteが提供する「Sail」はそのハードルを取り払い、日本にいながら、日本語で、国も世代も違う海外の人々と異文化交流を楽しむことができるサービスです。

海外で日本語を勉強している人々を話し相手とし、外国語を使わずに交流することができ、シンプルなUI(ユーザー・インターフェース)にこだわったアプリで安心・簡単に利用することができます。また、共通の趣味を持った相性の良い方とマッチングする仕組みを作り、楽しく会話することができます。

SailはWith/Afterコロナ時代における社会課題の解決を目指し、シニア層の新たなコミュニケーションツール・コミュニティ形成に関するいくつかの共同研究契約を東京大学や奈良女子大学と締結しました。

2. 地域コミュニティでのつながりを高度な専門性とともに補完するサービス
対象:社会とのつながりが持てない孤独な高齢者

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コミュニティナースは、「コミュニティナーシング」という看護の実践からヒントを得たコンセプトです。地域の人の暮らしの身近な存在として『毎日の嬉しいや楽しい』を一緒につくり、『心と身体の健康と安心』を実現します。その人ならではの専門性を活かしながら、地域の人や異なる専門性を持った人とともに中長期な視点で自由で多様なケアを実践します。

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・ヒトとコトをつなぎ、まちを元気にする
・地域の人の力を引き出し、まちの可能性をひろげる
・地域に必要な機能をつくる

そんな理念に基づき活動をするコミュニティナースでは、新型コロナとそれに伴う外出・帰省の自粛により、両親や祖父母の様子を見に行くことが難しくなった現役世代から依頼を受け、出張見守りサービス”ナスくる”を開始しました。

3. 精神不安を感じる方が治療の必要性を簡単に診断できるアプリケーション
対象:精神不安を抱える方、うつ病患者

新型コロナや、それに伴う環境変化で私たちは孤独や漠然とした不安を感じることがあります。しかし、専門知識のない多くの人にとって、その不安は一時的な心配に過ぎないのか、しっかりと向き合わねばならない疾患なのかは、判断がつきにくいものです。

ジャパンイノベーションが製作した精神疾患スクリーニングツールは、40万人の患者データと診断基準を基に制作されたテストで、質問に答えるだけで11項目の精神疾患を手軽にスクリーニングすることが可能です。クリニックで医師も活用しており実際の精神科医の診断とテストの整合性は80%を超えているといいます。

特徴1. いつでもどこでも手軽に心の不調をチェック:身体や心のちょっとした違和感に気づいた時にスマートフォンやPCですぐに受検可能です。

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特徴2. 精神科医から個人に適したアドバイス:個人の病状や特性に合わせて、疾患の詳しい説明や対策を精神科医がアドバイスします。

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特徴3. パーソナル観点から見る心の弱点把握:精神疾患の可能性の有無だけではなく、・性格分析・うつ病になりやすい性格かどうか(うつ病的性格傾向)・神経発達特性度(生まれつき持っている、脳の発達の特性)の3つの観点から、自分が負担を感じやすい心の弱点を把握することが可能です。

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ジャパンイノベーションは5月28日より3ヶ月間、新型コロナ対策による生活や環境の変化から引き起こすうつ病の早期発見・悪化の防止を目的として、一般の方向けに精神疾患スクリーニングツールの無料提供を開始しました。

4. 孤独の解消とアルコール摂取状態のモニターにより、依存を防ぐサービス
対象:アルコール依存症患者

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依存症は一人で解決することが難しい病気です。新型コロナとそれによる孤独により、かかりやすく、抜け出しにくくなったこの病気は従来以上に重い課題になっています。その中でも特に身近で陥りやすいアルコール依存症に対し、米国のMonumentは4つの側面から支援を行います。

1つ目は、断酒を決意し、それにまつわる情報や支援を求める人たちが無料でアクセスできるコミュニティサービスです。

2つ目は、自宅待機要請の重圧の中で酒や薬物への誘惑が増していると感じるコミュニティのメンバーが、無料で参加できるグループ治療セッションです。

3つ目は、治療を次の段階に進めたいと考えているコミュニティのメンバーのために、料金を払えば一度だけ医師の診察を受けて、飲酒の必要性や欲求を抑える薬を処方してもらえるサービスです。

そして4つ目として、隔週または毎週、セッションに参加したい人のための2つのコースのセラピーサービスを提供しています。

さらなる”孤独”の解消に向けて

孤独とは、全ての人に等しく訪れうる、日常ととなり合わせた1つのシチュエーションです。家族や友人がいても孤独を感じてしまうこともあれば、血のつながりが全くない他者との繋がりで孤独が解消されることもあります。とはいえ、今回の新型コロナによって浮き彫りになったのは、私達が想像以上に物理的なつながりを重視していたという事実であったと感じられます。併せて、それを補完するテクノロジーの急速な成長も実感でき、私達は非常に大きな転換点にいるのだと推察されます。しかし一方で、孤独や人間関係に潜む全ての闇に光が差し込むまではまだまだ時間がかかりそうなことも事実です。例えば、今回取り上げた孤独の課題だけにとどまらず、DVやいじめ、SNSを原因とした自殺など、繋がりがあるが故に問題に発展する事例も同様に存在しています。

こうした”繋がりと孤独”にまつわる様々な課題に対して、テクノロジーを活用した解決策が従来以上に求められており、今後のさらなるイノベーションが期待されます。

出典:
杉澤秀博・近藤尚己,2015,「社会関係と健康」川上憲人・橋本英樹・近藤尚己編『社会と健康―健康格差 解消に向けた統合科学的アプローチ』東京大学出版会
Umberson, Debra, and Jennifer Karas Montez, 2010, “Social Relationships and Health: A Flashpoint for Health Policy,” Journal of Health and Social Behavior

執筆者:KIBOW社会投資 プロボノリサーチチーム 大富 涼(戦略コンサルタント)

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