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多様性の祝祭

僕が最初に読んだコーヒーの教科書は

「多様性の祝祭」と言う本です。
この本、忠実にスペシャルティコーヒーの全てが書いてあるので、少し内容は難しいですが、興味がある方にはぜひ読んでいただきたい本です。

ところで、
多様性の祝祭って言う本はなんだろな。というと

一文だけで僕なりの解釈も加えてまとめると

コーヒーは苦くて濃いという一辺倒の味のものではなく、

環境・土壌・品種・収穫・処理過程・袋詰め・輸送・焙煎・抽出・提供まで

多くの要素で味わいが成り立っているんだよということが専門的に書いてあります。

だからそれぞれで味わいが変わって当たり前でもあるし、

その多様性を慈しもうということが書いてあります。

と、ここで、
コーヒーを人間と置き換えてみましょう。
人間にも多様性の祝祭があると思うのです。

環境・家族・親・出身地・成長過程・社会人での経験etc.

どうでしょうか、もう構成要素が多すぎて、
全くすべてが同じだという人自体が稀だということに気づくはずです。

スペシャルティコーヒーは多様性があります。
それを認めて価値として広めていこうという考えに僕は心の底から共感しています。

それは人の見方にも通ずる部分ではないかと考えています。

自分のバックボーンだけで人の全てを判断することはできないのです。

違いを許容する。
それよりかは、
多様性を慈しむというくらいの気持ちで相手と接することが大切だと感じています。

僕は幼小中高大学と多くの人とぶつかり、
他の人との違いについていじられてきました。
黙っていればみんなが楽しむと思っていましたが、それは僕の本意では決してありませんでした。
怒りに変われば皆が離れる。我慢をすれば心ない発言を平気で投げかけられる。

自分が努力して結果を出せば、きっと見返せるだろうというエンジンが常にありました。(小学校のときの先生からの評価は「真面目で努力家」笑)

でも要領は決してよくなかった。

いじってくる奴らを超えることができなくて、
高校受験も大学受験も失敗した。
だから余計に辛かった。
でも大学はあいつら以上のところに行って見返してやると。
それがきっと学生時代の僕の源です。

でも消耗戦は辛いのです。
人との比較で、大学でも同じことが繰り返されてゴールがないから。
だから与えることで人を幸せにする仕事がしたいと思うようになりました。

その手段がコーヒーです。
スペシャルティコーヒーは多様性を価値として捉えます。
違うことは悪ではないのです。

僕は多様性の祝祭という本と出会い、その考え方を知り、心が震えるほど感動しました。

僕がここまでコーヒーに情熱を注げられるのは
そんな根幹の考え方に共感をしているからです。

常識が覆され、改めて周りにいる人との関係性のありがたさに気づいた今。
これからの時代、きっと多様性を慈しむことはより価値として高く認められるようになるでしょう。

スペシャルティコーヒーはそれをはなっから体現しているのです。


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