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自分を好きになる方法:4 拝啓 劣等感と卑屈さま

劣等感と卑屈さま

拝啓

四十余年の歳月をともに過ごし、ぼくの性格の中心でありつづけた劣等感と卑屈さま。始まりの頃は定かではありませんが、いつの間にかぼくの心の底に居着いていましたね。それから次第に広がって体の隅々まで劣等感と卑屈の理念を行き渡らせてついにはぼくを支配したのかもしれません。というのは。もともとはぼくの中にはおいでにならなかったわけでありまして、たしかにぼくが生み出したのかもしれませんがあなたがたはぼくには制御できない存在へと成長しました。ぼくはといえば、軒を貸して母屋を取られるそんな気分です。あ、違いました。間違えました。制御できなかったんではなくて、制御しようとしなかったのです。というもの。その都度発生した事態に対して対処しようとは努力しましたが、根本原因である劣等感と卑屈さまを発見するに至らなかったためであります。

上辺の出来事を自ら発見して対処しようと試みたことは悪いことではなかったのですが、それを他人に指摘された場合はどうしようもない羞恥心が怒りに点火してむしろあなたがたに燃料を供給していたのだと思うとぞっと致します。とはいえ。これは昔の話でございます。紆余曲折を経て、ぼくは劣等感と卑屈さまを発見致しました。長い時間がかかりました。もっとはやく見つけていたら人生は違ったものになったかもしれません。しかしそれを言ってもはじまりません。宝くじで十億円が当選したらと考えるのと同じことですから。

ともすれば。あなたがたを発見できないまま人生が終わっていたかもしれないことを考えると人生八十年の半ばでこうして向き合うことができたのは悪くないのではないかと思います。ご覧のとおりぼくは帯剣しないで参りました。ルークはヨーダの制止を聞かずに帯剣して洞窟に入ったため自らの恐怖と真正面から向き合うことができませんでした。そのような心構えで百戦錬磨のダースベイダーに勝てるわけがないでしょう。話が横道にそれました。なんでもスターウォーズの哲学に結びつけてしまうのがマニアの悪い癖であります。とにかく。ぼくの心の奥底深くに陣取る本丸にこうしてたどり着いたのです。

ぼくがあなたがたを見つけ出しここまで来たのは決して実力行使で追い出すためではございません。先程も申しました通り丸腰なのです。なぜぼくが恐怖で怯えていないのかですって。たしかに、ぼくは怖くはありません。普通なら武器ひとつ持たないことで膝ががくがく震えていてもおかしくないのかもしれませんが、不思議なことに怖くはないのです。抜く剣がないのですから戦うことを考えなくていい分むしろ気が楽ともいえます。とにかく。今日は劣等感と卑屈さまにお願いがあって来ました。

あまりお手間をとらせては申し訳ないですから、すぐに本題へと入りますと、つまり、そのお願いというのはこうでございます。四十余年ぼくの中で過ごしさぞかし居心地のいい場所になっているのは重々承知なのですが、どうかうちから出ていっていただけないでしょうか。後片付けの心配は無用です。片付け上手、きれい好きのぼくが後始末をいたしますのでお二方は身軽に退出いただいて構いません。ぼくの体の隅々まで広げた私物はこちらで断捨離いたしますので、ほら、もうおたちになって。

実を言いますとあちこちボロがでておりますのでリフォームを行うのであります。そして、施工会社の方がうしろに見えてましていますぐ取り掛かりたいと。もちろん壁紙からなにからなにまで。そうですスケルトンです。よくご存じで。はい。なんですか。腰が上がらない。なるほど。四十年以上そこへ張り付いていたのですから想像に難くありません。もしかすると癒着しているのかもしれないですね。わかりました。その座ってる床を切り取ってしまいましょう。いいんです。どちらにしろスケルトンですから。なに背中も。では壁もです。さあこれで自由になりました。どこへでもお好きなところへ旅にでるといいでしょう。世間は変わりました。ぼくも変わらないといけないのです。ぼくの人生のために。ぼくの家族の人生のために。

ほんとに長いあいだご苦労さまでした。もう二度とお目にかかることはないでしょう。ないのです。ありません。リフォームにはしばらく時間がかかるでしょう。それは仕方のないことです。あなたがたが心配する必要はありません。ですが、きれいに片付いた暁にはここを共感と自信の部屋にしたいと考えております。劣等感の対義語がポジティブな意味にならず、卑屈の反対語もプラスにならないと知りました。結局のところ、どちらも極端でこれからのぼくにとっては必要のないものでした。そこで、この空いた部屋になにを入れようか無い知恵を絞ってみたのです。なにをいれたら幸せでしょうか。なにをいれたらよりよい人生が送れるでしょうか。もともとあなたがたに支配された中でぼくに考えられることはとても限られていました。しかしながら、ここが踏ん張りどころです。これを間違えたらぼくの最終目的である自分を好きになることに届かないかもしれないのですから。ですからですから。ぼくは考えました。そして得たのが共感と自信なのでございます。

ジコチューワガママセルフィッシュ。その原因をすべて劣等感と卑屈さまのせいにするわけではないのですが、少なからず関与していたのは否定できないところであります。そして共感の入る余地が少しもないことに遅まきながら気がついた次第です。そして今度こそこの部屋は共感のために開かれるべきであると。それから自信です。卑屈さまはもうすでに深く頷いていらっしゃるように自信を奪って生きてきたのだとおもいます。自信というのは実に繊細なものですね。出しすぎれば尊大になりますし、まったくなければ卑屈になる。釈迦に説法でしたね。そんなことはお見通しだと。そうなのです。繊細な自信が堂々と力を発揮できるような部屋にしたいと思っているのです。正しく堂々と。この二つだけではないかもしれません。この先どんなものが入るにせよ、もうぼくの中にあなたがたの居場所はなくなるのです。なぜそんなに強気なのかですって。それはあなたがたが弱い存在だと気がついたからです。劣等感も卑屈も弱いのです。そしてひとの弱さにつけこむのです。それに、本当に強かったらこんな奥底深くにいないでしょう。あ、いけません。だんだんぼくが対決姿勢を帯びてきています。いけませんいけません。劣等感と卑屈さまには何卒穏便に速やかにご退出をいただくのが本望でございます。

四十余年もの間、まことにご苦労さまでした。お役目御免でございます。定年退職でございます。延長はございません。当方コロナ禍で収入が途絶えておりますから退職金もございません。はい、さようなら。大丈夫です。片付けのほうはおまかせください。掃除は得意なんです。さようなら。結構ですお気遣いなく。さようなら。そちらは出口ではありませんこちらです。さようなら。忘れ物ですか。はい卑屈さんと手をつないで。さようなら。あそうだはいけません。武士道二十三条にあそうだはやってはいけないと書いてあります。さようなら。ほんとにいいのでございます。お気遣いなく。さようなら。さようなら。さようなら。

敬具

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