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インスタでのイラン人との交流と、『池上彰が読む「イスラム」世界』(角川マガジンズ・2014)

 ‪Instagramでなぜか頻繁に返信やダイレクトメッセージをくれるイラン在住の男性がいる。SNS上での異性からのメッセージの定型文としてありがちな「君は美しい」「友達になってくれないか」といった下心満載の内容ではなく、わたしの投稿を見て日本の景色は綺麗だねとか、自宅の庭に小さな花が咲いていたから共有するよとか(本当に小さくて可愛らしい真っ白な花だった)、おもしろい動画を見つけたから時間があるときに見てみてとか、そういう至って平和的な話題なので、最初は警戒して無視していたのだけれど、少しずつ会話をするようになった。わたしが日本語で投稿するとそれをスクリーンショットで撮って、翻訳アプリを使って内容を理解しているという。テクノロジーに疎いわたしが、すごいね、そんなアプリがあるんだねと感心すると、彼のペルシャ語の投稿を理解できるようにとそのアプリの使い方を教えてくれた。今は、ペルシャ湾に面したイラン南部の地域で携帯電話の小売店をしているそうだが、つい数ヶ月前まではペットショップを営んでいたという。きっとビジネスの才能があるんだねと言うと、イランの経済は混乱しているから、一つの仕事を長く続けることが難しいのだと教えてくれた。

 先日、彼と話していたとき、ちょうど図書館に行ったから中東諸国についての本を借りてきたよ、あなたの国について少し勉強してみようと思う、という旨のメッセージを送った。すると「自分は本はあまり読まない、イランでは生き延びるのに必死だから」という返信が来て、言葉を失った。メッセージの一番最後には泣き笑い‪の絵文字がついていて、それが余計にずーんときた‬。ごめんね‬、と思った。わたしはあまりにも呑気だった。一時的であってもいろいろ辛いことを忘れられるから読書が趣味なんだよね、と軽い気持ちで言った数分前の自分を、心から恥ずかしく思った。

 彼や、イランで暮らす人たちのために、自分には何ができるだろう。今すぐ現地に飛んで行くことはできない。混乱したイランの政治や経済状況を現実的に変えるだけの権力も財力もわたしにはない。支援機構で発展途上国への募金は毎月しているけれど、それが具体的にどこでどういう使われ方をしているかは不明瞭だし、自動引き落としになっているだけなので、正直、どこか他人事のような気がする。

 借りてきた本を読んで、彼が送ってくれたペルシャ湾で獲れた魚を使った家庭料理の写真を見て、あれこれ考えた。そして結局、今の自分にできることは「知る」ことしかない、という結論に至った。知ってどうなる、と言われればもちろんそれまでなのだけれど、イランという国について、イスラム教について、中東という地域の歴史について、少しでも知ることができれば、次に彼と会話するときにもっと寄り添った発言ができるかもしれない。それ以前に、今回のように無自覚に、無神経に、相手を傷付けてしまう発言をしなくて済む可能性が高まる。せっかくわたしという人間に、一度も足を踏み入れたことのない日本という国に、興味を持ってくれたのだ。そしてこの遠い国の友達(とわたしはすでに感じている)との交流によって、わたしも少なからず恩恵を受けている。あまりにも狭くて閉鎖的に感じてしまう自分の現実生活に新しい風が吹き込んでくるように感じられるし、パンパンに膨れて破裂寸前の風船みたいに余裕のなくなった心に小さな風穴が開いて、中の空気が勢いよく抜けていくような解放感を味わうこともある。小さなことだけれど、そういう小さな恩恵こそが日々生きていくための欠かせない糧になっていく。

 別日にまた図書館に行って、『池上彰が読む「イスラム」世界』を借りてきた。読んでみるとこれは本当に入門的な本で、字が大きく文体が易しいだけでなく、図や写真も多く載っていて、私のようにほぼ知識ゼロの状態から読んでも十分に理解できる。さすが池上彰氏。今回は読んで学んだことをしっかり知識として定着させたいという意欲が高まっていたので、学校の授業よろしくノートにメモを取りながら読んだ。この本で基本的な知識を得たところで、一緒に借りてきた「イスラムの歴史」「シーア派」「日本のモスク」についてのより専門的な本を何冊か読んでみようと思っている。楽しみだ。いや、今すでにものすごく楽しい。

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