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井上荒野『それを愛とまちがえるから』

 結婚15年、冷え切った関係に悲しみを感じることすらなくなった夫婦と、それぞれの公認の恋人。妻の発案で四人はキャンプに行き、一夜を共に過ごす。異様な空間で否応なく見つめ直すことになった互いの進むべき道。一体なにがしたいのか・・・

 不思議な雰囲気が漂う小説だった。誰一人、相手を直視していない関係。目を合わせようとすれば逸らされ、後ろめたさから手を伸ばせば払い除けられる。長い結婚生活を経てもう為す術のなくなった夫婦のどん詰まり感、突破口と呼ぶには弱すぎる不倫相手。みんながみんなふわふわ、ゆらゆらしていて、キャンプに行く前も後も、進む方角が一向に定まらない。こんな夫婦になりたい、こんな家庭を築きたい、そういう明確な夢の一つや二つ持っていたはずなのに、いつの間にか擦り切れて、ぼやけて、でも時間だけ経ってしまって、もう元には戻れなくて。そしてまたふわふわ、ゆらゆら、生きていく。

 馴染みの喫茶店でこれを書いていたら、キッチンの中から強いニンニクの香りが漂ってきた。何を食べたい?と聞かれても特に何も思いつかないここ数日だったのに、いま痛烈にこの香りの源になっている何らかの料理が食べたいと思った。なんだろう。ペペロンチーノ?アサリのガーリック蒸し?ベーコンも入っているかも。もしかしたらブロッコリーも。食べたいなあ。隣にスーパーがある。ニンニクを買って帰ろう。鬼のようにオリーブオイルを敷いて鬼のようにニンニクを刻んで鬼のような何かを炒めるか蒸すかして、モリモリ食べよう。これで目的ができた。寝る前に、今日も少なくとも何かをしたぞと自分に言い聞かせるための目的。そうやって日々を重ねる。

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