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旧ジャスコ横手駅前店の本屋には薔薇族とトム・オブ・フィンランドの画集があったので秋田県横手市はLGBTQフレンドリー都市になるべき

駅前再開発事業のため今は別の施設が建てられていますが、以前秋田県横手市の横手駅前にはデパートの「ジャスコ」がありました。現在では横手市民がまとまった買い物をする際は郊外にあるイオンに行きますが、昔は横手市民および近隣市町村民の生活と娯楽の牙城はジャスコ横手駅前店と、その隣にあった組合系デパート「ユニオン」でした。今思えばデパートが隣り合って存在していたなんて昔の横手市中心部は随分と便利だったものです。今は見る影もなく寂れてしまいましたが。

このジャスコ横手駅前店の最上階には書店があり、私は今でも忘れられない思い出があります。それは、いつ行ってもゲイ雑誌のパイオニア「薔薇族」と、ゲイアーティストのトム・オブ・フィンランドの画集が販売されていたことです。

↑今調べたら薔薇族編集部の公式サイトはnoteなんですね。

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↑トム・オブ・フィンランドは既に著名で昨年伝記映画も公開されたのでもはや説明は不要でしょう。ちなみにジャスコ横手駅前店の書店で販売されていた画集の一冊の表紙はこれでした。

小学生当時(80年代末期)の私は、家族でジャスコに買い物に行った際にこの書店で長時間立ち読みするのが楽しみでした。ここに限らず、昔の秋田県の書店は本や雑誌にビニールや紐をかけることをせず、接客や店内整理も良く言えばザル、悪く言えばやる気の欠片もない感じだったため立ち読みし放題だったのです。ということで私は何時からかこの書店に行く度に「薔薇族」を立ち読みし、トム・オブ・フィンランドの画集を眺めるようになりました。男でもなく同性愛者でもなかったのに、なぜ私がそれらを手に取ったのかはもう覚えていません。当時私はハードロック/ヘヴィメタルを聴き始め、自分で音楽雑誌を購入するようになっていたのですが、「音楽」コーナーの隣に「男性向け」コーナーがあったため、自然とそれらが視界に入ってきたのでしょう。ゲイ雑誌もゲイアートも「男性向け」ではあるのでそのジャンル分けは間違ってはいません。むしろ一般的な男性向け雑誌や本と一緒にそれらを置いていた書店のスタッフの感覚に脱帽です。

今思えば、80年代末期に「薔薇族」とトム・オブ・フィンランドに出会えたのは非常にラッキーでした。というのも当時「薔薇族」で表紙絵を担当していたのは、今も高く評価されている超人気イラストレーターの内藤ルネさんだったからです。内藤ルネさんは時代を超越したかわいい少女画で知られており、没後も原画展の開催や新作グッズの販売が行われ国内外でファンを増やし続けている巨匠なのですが、そんな凄い人の新作イラストを秋田県横手市なんてクソ田舎の農村に住みながらリアルタイムで見ることができたなんて、もはや奇跡と言ってもいいでしょう。

また、そんな環境でトム・オブ・フィンランドの作品を知ることができたのも奇跡的でした。当時の日本では、それこそゲイでなければフィンランドのアーティストなんて「ムーミン」のトーベ・ヤンソンくらいしか知ることができなかったでしょう。トム・オブ・フィンランドは1991年に71歳で亡くなりますが、私は彼の存命中にギリギリ滑り込みで”間に合った”わけです。今ふと思いましたが、ヘヴィメタル→ブラックレザー&スタッズ…で彼の描くハードゲイのファッションに惹かれたのかもしれません。

しかし今改めてこれを思い出し気になることがあります。それは

そもそもなぜジャスコ横手駅前店の書店に「薔薇族」とトム・オブ・フィンランドの画集があったのか?

です。私は書店で働いたことがないのでその仕事内容についてはサッパリですが、売れない本をわざわざ書店が入荷することなんてあるでしょうか?しかも「薔薇族」は行く度に新しい号が置かれていました。毎号入荷していたということは、毎号購入していたお客さんがいたということなのでは?そしてそういう顧客がいることを把握していたということは、もしかして書店のスタッフの中にゲイの人がいたのでは?

…と想像すると、私は暗澹たる気持ちになります。当時「薔薇族」やトム・オブ・フィンランドの画集を購入していたゲイの横手市民は今どうしているのだろう?果たして心穏やかな人生を歩めているのだろうか?と。秋田県における人権意識、特にジェンダー観は最悪の中の最悪、クソofクソで、秋田県をクソと言うのはクソに対して失礼になるレベルです。誰もが結婚するのは当たり前、女は結婚したら子供を産むのは当たり前、長子(特に長男)は家を継ぐのが当たり前、性的マイノリティは病人だという前時代的・家父長制的家族観を頭から信じ込んで疑わず、他人がズケズケと「まだ結婚しねなが?」「良い相手いねなが?」と聞いくるは、県の委託を受けた結婚相談所から「ご家庭に結婚適齢期の方はいらっしゃいませんか?」と営業電話がかかってくるは、挙句の果てには頼んでもいない縁談を勝手に取りまとめようとするおせっかいなクソジジイとクソババアが湧いて出てくる始末。私も一時期実家にいた頃、「40にもなって結婚しね女がいでも全然ありがだぐねえ」「40過ぎだ女に商品価値なのねえ」と言われ、「こんなクソな県は衰退して当たり前だ!むしろあるだけ不幸になる人間が増えるだけだから北朝鮮のミサイルでも直撃してさっさと滅びちまえバーカ!みんな死ね!」と捨て台詞を吐いて仙台に逃げました。ちなみに仙台に引っ越したら家から徒歩10分のところに速攻で仕事が見つかったので、生きづらい思いをしている秋田県民はとりあえず仙台に逃げましょう。

21世紀にもなってこんな体たらくなのだから、80年代末期以後なんて推して知るべしです。その後ジャスコ横手駅前店は閉店し、それを引き継ぐ存在として郊外にイオンがオープンしましたが、残念ながらテナントの書店には性的マイノリティをターゲットとしたラインナップはありません。こんな最低最悪のリアルウェイストランド秋田県で、「薔薇族」の読者やトム・オブ・フィンランド作品のファンは日々どんな思いで生きていた(いる)のでしょう。周囲から「まだ結婚しねなが?」とプレッシャーをかけられ続け、それでもなお自身の性的指向を貫いたのか?それともプレッシャーから偽装結婚したのか?異性愛者でさえ結婚と家庭の重圧が苦痛だというのに、性的マイノリティの苦痛の大きさは如何ばかりでしょうか。

私はここに、秋田県が東日本大震災の被災地でもなく被害もほとんどなかったのに少子高齢化が日本最速で進み、人口流出率ワースト、自殺率ワースト、出生率ワーストの衰退県になっている原因があると思います。なぜ秋田県から人口流出が止まらないのか?それは秋田県が住みづらい場所だからです。学校がない、仕事がない、店や娯楽が少ない、公共交通インフラが貧しい等といった物理的な理由以前に、時代錯誤な家父長制的価値観と閉塞感から「生きづらさ」が生じているのです。だいたい結婚や出産といったプライベートな選択についてあれこれ口出しし、性的マイノリティを差別するような年寄りばかりいる環境で暮らし続けたいと思う若者がいるでしょうか?マイノリティが生きづらいコミュニティは、結果的にマジョリティすらも生きづらいコミュニティと化し、やがて滅んでいきます。

そこで提案なのですが、こんな惨状だからこそ県庁所在地の秋田市に先駆けて横手市が同性パートナー制度の導入やLGBTQの差別禁止を盛り込んだ条例を制定するなどの施策を行い東北初のLGBTQフレンドリー都市になればよいのではないでしょうか?そうなれば当然「ただでさえ少子高齢化が進んでいるのに更に出生率が減る」とほざくバカが出てくるでしょうが、そんな時は「じゃあお前は人口を増やすために同性愛者もムリヤリ異性と結婚させて子供を産ませてもいいと思ってるんだ。どんな独裁国家だっつーの。一応日本は民主主義国家なんですけど。そんなことも知らないなんて何なの?バカなの?死ぬの?」とでも反論すれば黙るでしょう。

実際のところ、仙台には既にLGBTQの権利向上のため活動している市民団体もあり、人口規模や経済規模からもこのまま行けば東北初のLGBTQフレンドリー都市は仙台になるでしょう。しかしそういう現状だからこそ、今ここで全国ワースト記録コレクション衰退県の秋田県の、それも県庁所在地でもない小都市の横手市がLGBTQの権利について本気で考えてもいいと思うのです。

私が小学生の頃、「薔薇族」やトム・オブ・フィンランド作品を愛好していた人達が20代だったと仮定すれば現在は50代。彼らが生きやすい街にするのにまだ間に合います。

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