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仏教彫刻でわかった日本人の走り方のルーツ?

 奈良国立博物館の特別展「奈良博三昧−思考の仏教美術コレクション−」(9月12日まで)に、とても興味深い展示作品があります。

 それが下の写真です。

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【「奈良国立博物館だより」第118号表紙】

 「伽藍神立像(がらんしんりゅうぞう)」と言います。高さ56・3㎝の木造で、時代は13世紀の鎌倉時代です。

 以前は「走り大黒天」と呼ばれていました。最近の研究で、お寺の伽藍を守る「伽藍神」で、修行を怠る人を見つけると釘を刺して懲らしめる神様だとわかり、名称が改められました。

 私が注目する点はそこではありません。像を背中側から撮った、下の写真を見てください。ちなみに、この展覧会では展示作品の撮影が許されています。

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【「伽藍神立像」=奈良国立博物館で】

 右腕を直角に曲げて大きく振り上げ、右足を前に出していますね。まっすぐ伸ばした左腕は後ろに振り、左足も同じ方向に残しています。右腕と左足を前に出したら、左腕と右足が後ろに残る、現在の我々が用いている走り方とは違うのです。

 これは「ナンバ走り」と呼ばれる走法で、日本の伝統的な形だったと言われています。武術家の甲野善紀さんらが紹介し、何人ものスポーツ選手が採り入れて一時大変なブームになりました。

 ただ、甲野さんらの研究では、右足前の時には体の右側が前、左足の時には左側が前というように、体を捻らないことが肝要で、腕を大きく振る必要はない、とされています。

 とはいえ、この像は明らかに「ナンバ」的な動きで走っています。しかもおもしろいことに、前に振り出した右手のこぶしは縦向きなのに、後ろに振った左手のこぶしは手の甲が上向きです。ということは、腕を振る時に肘から先をひねっていることになります。

 この、後ろ側に来る腕の振りは、けっこう難しい姿勢です。実際に、手の甲を上にしたこぶしを後ろに振ってみてください。ボウリングの投球フォームをこぶしを握った形でしてみるイメージです。肩が上がってしまい、なかなか勢いよく振れないと思います。

 「ナンバ走り」の歴史について詳しく知りませんが、一般的には、

「江戸時代の人たちは『ナンバ』の動きで歩いたり走ったりしていた。しかし、幕末から明治にかけて西洋的な軍事教練が持ち込まれ、欧州などで使われていた、体をひねる現在の歩法、走法が広まった」

と考えられています。

 ひょっとすると、この「伽藍神立像」は「ナンバ走り」を示す最古の例と言えるのかもしれません。この点が、美術史や彫刻史の研究からわかったらおもしろいでしょうね。

 さて、「伽藍神立像」には、もうひとつの注目点があります。左右のこぶしがしっかりと握り込まれていないところです。同展図録の解説によると、かつては釘と槌を握っていたといいます。

 ということは、不届き者を刺そうと走って追いかけていたのでしょうか? それとも、立ち止まって釘を刺す瞬間の姿だったのでしょうか?

 もし止まっていたのだとしたら、「ナンバ走り」という見方は成り立ちませんね。

 いずれにせよ、この像は私のイチオシです。同展にいらしたら、ぜひしっかりとご覧ください。

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