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他人から見た自分の思い出


実は私は記憶力があまり良い方ではなくて、というか、とてつもなく忘れっぽくて、明確に覚えている子供の頃の思い出は少ない。

昔から母に思い出話をされても、写真を見ても、全くピンとこないことがほとんどだった。だから周りの人から自分の思い出話を聞いて昔の自分を知るのが好きだった。

今日、年賀状の整理をしていたら懐かしい思い出がたくさん蘇ってきた。

私は幼い頃から母の仕事の都合で引越しを頻繁にしていて、保育園は転々として4カ所通ったし、小学校も2カ所通ってきた。幼馴染と呼べる存在は多分いないと思う。住まいも転々としてきて、一つの場所に定住しだしたのは中学に入ってから。大人になった今、中学時代の友達と街でバッタリ会うことはあっても、保育園や小学校で一緒だった子たちとは疎遠になり連絡先もわからない。私が今連絡を取り合ったり会う仲間は中学生以降に出会った人がほとんどだし、それ以前に出会った友達は全然いないんだと思い込んでいた。

でも今日年賀状を整理していて驚いたのは、私には保育園時代も、小学生時代もたくさんの友達がいたらしい。毎年マメに年賀状をやり取りしていた友達は大勢いたし、これまで担当してくれた先生方とも、保育園や学校が離れても毎年年賀状でメッセージのやり取りをしていたようだ。

保育園の頃には「遠くに行っちゃって寂しい。また戻ってきてね。」「いつもみんなとちーちゃんの話をしてるよ。」とたくさんの友達から年賀状が届いていたし、先生たちからは「頑張り屋さんでお手伝いが大好きなちーちゃん、いつもありがとう」と書かれていた。高校時代、私がアーティストとしてデビューしてからも、小学1年生の時に好きになった初恋の相手から「遠くから応援してます。追いつけるように頑張る!」と応援メッセージが添えられた年賀状が届いていたり、中学の同級生からの年賀状には「デビューおめでとう!お祭りで願い事してたの覚えてるよ!叶って私も嬉しい!」と書かれていた。

「子供の頃の私ってそんな感じだったんだ!」と自分の知らない自分の姿がとても多かった。時間が経って他者と思い出を語り合うことが少なくなると、自分の思い出は自分の中だけのものと思いがちだが、誰かの心の中にもその人から見た私の姿が残っていて、それが知れるのはとても嬉しい。

20代になってようやく私は「ずっと一人が好きだと思ってきたけど、私って人と関わることが好きなんだ!」と自覚したのだけど、こうして幼い頃の人との関わりを見ていると、どうやら自然と人とつながることを楽しんで大切にしてきたように感じる。

思い返せば私は子供の頃から手紙を書いて色んな人とやりとしするのが好きだったし、中学生くらいまでは文通もしていた。

最近は人とのやり取りはもっぱらLINEだし、LINEやSNSで何かを伝える時はどうしても短文になるから、こうした年賀状や手紙に残された心のこもったメッセージを見るととても心動かされるものがある。

瞬時にメッセージが飛ばせて、人とコミュニケーションが取れる時代だからこそ、手紙っていいなぁ。と思う。誰かに手紙でも送ってみようかな。


武藤千春

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