セルフィーと自意識
今朝最高なアカウントを見つけてしまった。
写真家の濱田英明さんのツイッターをフォローして過去のツイートを遡っていると、「フィルムで撮った自撮り集」のアカウントを紹介していた。ツイートに載せていた4枚の写真が素敵だったので、早速インスタのリンクに飛んだ。
いろんな人が、主に鏡ごしに撮った自撮りがたくさん載っていた。恋人と身を寄せながらとる人、鏡の前のお花にピントを合わせる人、アイシャドウのパレットに付いている鏡越しに撮る人・・・。素敵!!!!!
素敵なアカウントを見つけたら「こんなのみっけた!」って伝えてる女の子がいるんだけど、今回もすぐその子に連絡した。(反応が大きいので伝えるのが楽しい)
素敵な自撮りアカウントを見るうちに、自分もこんな風に撮りたい!という気持ちがむくむくと膨れ上がってきた。
普段から子供を抱っこして、鏡の前で撮ったりはしてるのだけど、もうちょっと作り込んだやつも撮りたい。
昨日ちょうど、今年はモデルさんの撮影をしない分、自撮りするのもいいかもなあなんて思っていたところだった。
自分のアカウントがリムられたりイマイチ反応がいつも良くないのを実は気にしているし、先日見かけた有名カメラマンのツイートが頭から離れない。
「いいねの数なんて関係ない、って言ってる人ほど数を気にしている気がする。そう言っている人ほどいいねもフォロワーも少ないのはどうして?説得力ないじゃない」みたいな内容だった。
この言葉がボディブローのようにジワジワと効いてくる。
先日読んだ本で「結局は継続なのだけど、みんな結果が出る前にやめてしまう」という言葉も合わせて思い出される。
もう写真やーめた!とか、いいんだ、フォロワーやいいね少なくて!とか言うのは結局逃げなんだなという気持ちがあるからもっと改善できる点がないか研究したい。
そのための自撮り研究なのだった。(写真家のコハラタケルさんも自撮り・・・というか自分がモデルになって構図を勉強しまくった時期があるとおっしゃっていた)
そもそも私は自撮りが苦手だ。
というのも、子どもの頃の「自分のこと可愛いと思ってんの?笑」という母や周りの目(当時は今よりもっと謙遜が美德とされていた)が気恥ずかしくその記憶が今でも色濃く残っているからだと思う。
でも今はこう思う、
自分のこと、せめて自分くらいは可愛いと思ってあげないとやっていけないに決まってんだろ。
今は謙遜が美徳というよりもしっかり自分のこと愛そうぜって良い風潮がある気がする。自分のことを少しでもマシだと、可愛いと思いたくて、自分のこと愛してあげたくて自撮りしている子も多いのでは。
数年前の自撮りやプリクラをSNSにあげている子達をみて、私にはそういうのないな、と思うと、もうちょっと自分の写真を残していてもよかったのかもしれない、なんて思ったり。
自分の「あのとき」の写真が残っているのって、なかなか悪くない。
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