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「本とメイドの店 気絶」舎長インタビュー ①プロローグ・「本とメイドの店 気絶」の概要

プロローグ

 目当ての店が見つからず、文京区・湯島の路地裏でたまらずうつむくと気が付いた。雑居ビルの壁に、華美な額縁が立てかけてある。額縁だから、普通は「壁にかかっている」状態が正しいはずだ。しかし、薄く金色に輝く額縁は、コンクリートの道路に下辺を接していた。雑居ビルの外壁に、その身体をしどけなく預けていた。
 額の中に目当ての店名が書かれていたので、私はそばの入り口へ向かいエレベーターのボタンを押す。六階に降り立ち、恐れと好奇心からノックしてドアを開けた。
 その店の名は、「気絶」という。

ここは疲れ果てて気を失ったメイドたちが見ている夢の世界…
お屋敷の屋根裏、メイド部屋に大好きな本と玩具を詰め込んで、
気の置けない友人達とおしゃべりに興じる
何にも代えられない一時の夢
正気に還ったメイドたちは主人に仕えながらまた願うのだった
今日も気絶したい、と
(公式サイトより引用)

 決して広くはないが、実際の屋根裏のような狭苦しさは感じない。清潔で、ほんの少しの暗さがあり秘密基地のようで心が浮きたった。
 白い壁、華やかな照明、小さいながらもセンスのいいテーブルや椅子。奥の壁には一面の本棚があり、たくさんの本たちが競うように背表紙を誇っている。出迎えてくれたメイドさんに軽く挨拶し、待ち合わせた人物を探した。

「ああどうも」

 テーブル席の一角で、ラップトップを操作していた男性が声をかけてくれた。私はオウム返しにああどうもと発声した。日本語は便利だ。

「チーズフライささ美です、よろしくお願いします」
「舎長のかずやかずのりです、こちらこそよろしく」

 中年と呼ぶにはやや抵抗がある、大人の男性だった。黒縁眼鏡の奥の目が生き生きとしている。私と彼が会うきっかけとなる、センス抜群のツイートを思い出した。

最近、営業電話がたくさん来ててそれはまぁいいんだけど
・最近文京区を回っている
・広告を使わない集客の提案
・インスタを活用する
・対面でお話しする時間をいただきたい
って内容ばっかりでつまんない!
広告使わない集客を提案してる会社がテレアポしてるの自分でおかしいと思わないのかな
集客に自信のあるサービスを提供している会社の皆さん!
そのサービス使って増えた売上の20%バックするから、初期費用無料で使わせてください
(以上、Twitterから引用)

 このツイートに「わあおもしろそう!」とホイホイ釣られたのが私だ。今日は電子書籍コンサルタントとして、彼の店をさらに集客できるよう提案しにやってきたのだ。
 メイドさんがおしゃべりに興じる中、私たちは軽く世間話をしてから本題に入る。私は自分にできることを示した。
「原稿と表紙を用意してくれれば、電子書籍のデータを作成します、集客しましょう」と。
 しかし、舎長の言葉で私は無力さを悟る。

「僕、ライターをやってたんで、電子書籍の出し方一通りわかるんですよね……」

 なんてこった、それでは協力する意味がない。私にできて彼にできないことがまるでない。私は気絶という店で気絶しかかっていたが、ありがたいことに舎長の方からいくつか提案をいただいた。その一つが、私が店を取材してnoteで連載するというアイデアだ。
 自分のポンコツさと無計画さを恥じながらも、私は全力を尽くすと約束する。

「本とメイドの店 気絶」の概要

 私はメモを取る準備をしながら、スマホで改めて店のTwitterのプロフィール欄を確認した。

カルチャー系の書籍・漫画とメイドさんメイドくんを置く酔狂なブックバー。御徒町駅6分・湯島駅30秒。禁煙。萌えありません
(公式Twitterより引用)

 メイドといえば秋葉原だ。だがここは上野・不忍池に近い湯島。
 メイドといえば萌え萌えキュンとか萌え萌えビームだ。「萌えはありません」とはどういうことだろう。
 短絡的な連想ゲームを終え、改めて店内を見回す。
 カウンター席で、二人のメイドと男性のお客さんが談笑している。しかし、ゲスな勘繰りをする隙間がないのだ。彼女たちは、ただただ普通に、お客とおしゃべりを楽しんでいる。メイド同士のやり取りも楽しそうでほほえましい。
「萌えはありません」の言葉が、ストンと腑に落ちた。メイドが変に媚びたり、ガールズバーじみたことをしていないのだ。お客さんもそれをわかっていて、わきまえて話している。萌えがなくてもメイドはかわいいし話すと楽しい。メイドと客の関係性が絶妙だ。

「すいません、ちょっとDMの返信を済ませてからでもいいですか……Twitterの企画がバズりまして」

 舎長が申し訳なさそうに言うので、私は快諾する。もうすこし店の雰囲気を伺いたかったので、こちらとしてもありがたいという旨を伝えた。
 カウンターに置かれたメニューを開いて確認する。ドリンクの値段はやはり、一般的な居酒屋よりお高めなのは否めない。
 しかし、飲み放題コースがある。時間制で、飲めるドリンクの種類に合わせて値段を設定しているようだ。ソフトドリンクだけのコースやビールが飲めるコースがある。メイドのいる店で飲み放題というのは、なかなかに斬新だ。
 普通のメイド喫茶は、高い飲み物を一つずつ注文させる。飲み始めから飲み終わりまでメイドさんとおしゃべりでき、話を続けるにはもう一杯必要というシステムが多い。しかし、飲み放題ということはメイドさんとしゃべり放題というわけで。人件費大丈夫か。
 また、「本」とメイドの店ということで読書コースもある。メイドさんがそっとしておいてくれるので、読書に集中できるシステムらしい。メイドのいる空間で、言葉を一切交わさずひたすら漫画や文庫の世界に耽溺する。豊かを通り越して贅沢すぎる時間だなと思った。

「お待たせしました」

 舎長が返信作業を終え、パソコンを閉じた。いよいよ取材が始まる。まずは何から話しましょうか。そう言いながらも、舎長は目を輝かせながら語り始めた。


 文京区・湯島にある「本とメイドの店 気絶」および舎長のかすやかずのりさんについての連載です。次回から一部有料になります。

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