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心臓手術成功率98・7%はいかにして生み出されるのか

榊原記念病院副院長・高橋幸宏先生のことを知ったのは、2019年、「朝日新聞be」掲載されたインタビュー記事がきっかけでした。

高橋先生は、心臓外科手術数で20年以上日本一を誇る榊原記念病院に35年間勤務し、これまでに7,000例以上もの小児心臓手術を行ってこられたといいます。驚くべきはその手術成功率で、難易度の高い症例ばかりであるにもかかわらず、実に98・7%という数字を誇るとのことでした。

その後、私自身が、高橋先生に取材でお話を伺って驚いたのは、手術室で起こることが、そのままビジネスの世界にも通じることばかりである、という点でした。

心臓手術は「チーム医療の最たるもの」といわれ、誰か一人の医師の飛び抜けた手技に依っているものではありません。チームをうまく機能させるには、医師、看護師、技師たちが単に仲良しであるだけでなく、「自分はこれができるんだ」という、それぞれ獲得した最高のスキルを見せ合うことが求められるのだといいます。

また、想定外の問題が発生した場合、あらかじめ立てた一つの戦略にばかりこだわっていると対応できなくなるため、ポリシーにこだわるのではなく、状況に応じて柔軟に、ある意味で“いい加減に”矛盾と向き合い、要領よく流れをつくっていくことが求められるのだともおっしゃいました。

20年連続日本一を誇る心臓手術は、いかなるチームワークによって生み出されるのか。また、熊本医大を卒業後、榊原記念病院への入職を希望するも、「新米は要らない」と一時は断られたこともある高橋先生が、いかにして手技を磨き、国内トップクラスの外科医となったのか。

自らのスキル向上や、チームワーク力の高め方、想定外の事態が起きた場合の対処法など、広くビジネスパーソンにも有益な教えが溢れています。

弊社では、そうした高橋先生の仕事の流儀を51にまとめた書籍『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』を、10月上旬に発刊予定です。専門書以外では、初めての一般書となります。

本書に収録されている51の流儀のうち、ひとつを公開します。

……
事前の戦略にこだわりすぎない

~柔軟に、少しいい加減に~
……

私が行ってきた小児心臓外科手術の成功率は98・7%という数字になっています。もっとも、これはトータルの数字です。一般的にいえば、難しい症例の割合が増えれば増えるほど確率は下がりますから、非常に難易度の高い手術だけを見ると、成功率98・7%というのは流動的で正しい数字とはいえません。ただし、榊原記念病院には比較的難しい症例の患者さんしか来ませんので、その中である程度の成績を挙げているのは自慢できることかもしれません。

手術の難易度に点数を割り当てるアリストートル・スコアというものがあります。アリスト・トールというのは人の名前ですが、これは「この手術は難しいから10点、これは簡単だから2点」というように手術の難易度で点数を決めたものです。これによると、榊原記念病院のスコアは平均7点から8点で、非常に難しい手術を多くやっていることになります。海外の人と話をしても、「とてもいい成績だね」と褒めらます。外科医というのは褒められることに慣れていませんから、このように評価されると素直に嬉しい気持ちになります。

私が小児心臓手術を行う際に極めて大事だと考えていることが二つあります。それが成功率に関係しているといっていいでしょう。

その一つは「時間短縮」です。いかに努力しても二、三時間の間心臓を止めて行わなければならない複雑な手術手技があります。このような長い手術では、当然、炎症や非生理的変動が強くなりますので患児の生死にかかわる可能性が高くなります。

そのため外科医は、今までの経験から独自につくり上げてきたポリシーと治療戦略(ストラテジー)によって時間短縮に向けて努力をします。特に小児心臓外科医は時間短縮に徹底的にこだわらなくてはいけません。

当院では、他の施設と比較して半分から三分の一ぐらいの時間で手術を行います。

見学に来られた先生方はビックリされます。私は他の病院の先生方の手術をあまり見たことがないので、なぜそんなに短いのかと聞かれても必然的にそうなってしまったとしか答えられないのですが、短時間で手術を終わらせることは何よりも手術を受ける子どもたちのためなのです。小児心臓外科手術の低侵襲対策として、時間短縮は最も大事なことです。

ただ、ここで注意すべきことは、「事前に決めた戦略にこだわりすぎない」ということ。一つの戦略にこだわりすぎると、望まない問題が数パーセントの確率で必ず発生することになります。逆に別の戦略に切り替えると、その数パーセントの問題は解決しますが、新たな別の問題が数パーセントの確率で発生する可能性が出てきます。

つまり、自分のポリシーや戦略にあまりこだわっていると、望まない問題が発生した場合に対応できなくなるのです。大事なのは、よくいえば「柔軟に」数パーセントの問題に対処することであり、悪くいえば「少しいい加減に」途中で出現した矛盾に対して解決していくことです。要は、手術の流れに沿うように要領よく流れをつくっていくことが求められます。

余談ですが、私の家内からはいまだに「あなたって本当にいい加減ね。言ったこととやっていることがいつも違うじゃない」などと言われます。そんな時は「外科医だからしょうがないじゃん」と、ひたすら黙って耐えています。しかし、それは小児心臓外科医のみが使うことのできる柔軟かついい加減な言い訳であり、大事なポリシーなのです。