わたしが音楽の道を選んだワケとその過程


初めまして。ヴァイオリンを弾きます、牧野です。
文章欲を満たすべく、こちらを始めてみました。

初の投稿において…
わたしが音楽の道を選んだワケとその過程…。


楽器との出会いは…4歳手前。

「楽器を持たされて長時間立たされる」のが嫌で、じっとしているのが嫌いな落ち着きのない子でした。

小学校1年生の時に出たクラス発表会の時、それまであまり好きでなかった楽器を弾く感覚が急に変わって、練習すればできるようになるんだ〜、という感覚をなんとなく身につけ、面白がるようになりました。

どちらかというと、楽器を"好き"というよりは、"得意"という感覚の方が強くて。
目立ちたがり屋(笑)だったので、舞台に出てスポットライトにあたり演奏して拍手をもらって、あとから上級生のお姉さんお兄さんや先生に、「頑張ったね〜!」と言われるのが嬉しくて、やっていた記憶があります。(笑)ほんとにお調子者。

もちろん全くお遊びでやっていたので、音楽の道に進もうなんて考えはその頃微塵もなくて、ただ、ただただ、音楽から思い浮かぶイメージを思い浮かべたりインスピレーションで物語を作ったりするのが楽しい妄想大好き〜な子でした。(笑)
あとは、弾けるようになるのが楽しくて、完全にゲーム感覚でやってました。これクリアしたら先生にシールもらえる!とか、あのおやつ食べる!とか。(笑)

弾けるようになるためには、練習が必要ということは小さいながらにわかっていたので、練習はそんなに苦ではなく、周りに練習しろって言われることはなかったです。そして小学校6年生の時、中学受験のために、約1年楽器を離れました。

中学、高校時代

中学1年生の時、テンチルドレンコンサートというスズキメソード主催のコンサートで復帰。

中学生時代は学校が楽しかったので楽器の存在など放置で、ひたすら"ザ・今どきっコ"。(笑)
放課後は日が暮れ夜まで友達とカフェテリアか部室でお喋り、土日は毎週のように遊びに出掛け。。。

そんな牧野が音楽に目覚めたのは、中学3年生の頃。
ヴァイオリニスト庄司紗矢香さんの演奏を初めて聴いて、私は衝撃を受け…
楽器が喋っている…?楽器はこんな音が出るの…??🥺🥺🥺と、興味を持たずにはいられず。
初めて、音楽を専門的に勉強したい!と思った瞬間でした。

中高一貫校だったので、中学3年生の時にはすでに大学の進路調査表を提出しなければならず、当時非常に興味のあった心理学、憧れの美容専門、そして音楽大学の候補で提出しました。

しかし、音楽への道を開くのはそう甘くなくはなかった…。
親や周りは、もう、大大大反対。
初めて家で進路の話をした時に、「音楽…それだけはやめてちょうだい!!」と言われた時は、本気で泣きました。(笑)

ですが、一つに焦点を絞らず、あくまで視野広く進路の候補を見る、ということで、ひとまず高校1年生の時にスズキメソードを辞め、地元の愛知県芸の先生にレッスンを見て頂くようになりました。
新しい発見や初めての体験ばかりで私は目から鱗、すごく楽しかった。

親や周りを説得させられるまで、およそ1年半程かかりました。
高校2年生の終わりまで、ずっとバトルだったんです。。(笑)(その頃の私は荒れまくってて大変笑)

「私の人生なんだから私に決めさせてよ!」なんて捨て台詞を吐いたり。
もう、今振り返っても、人生で一番辛くて大変な時期だった、って思います。
最終的には、大号泣しながら土下座して懇願しまして、音大進学の権利をゲット。

それには本当に周りの方々のご協力や支えがありまして、本当に本当に心から感謝いたしております。。あの時の皆様がいなかったら、今頃私は楽器を握っていなかったかもしれないのです…。
紆余曲折ありました。

運良く、愛知県芸の推薦試験にこぎつけ合格を頂き、師事したかった先生方のもとで大学院まで6年間音楽を勉強をすることが出来たので、あの時の自分の勢いと決断には全く後悔していません。

それでまぁ、今に至るわけです。
今も、音楽の勉強は、ものすごく楽しい。


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牧野葵です。 ヴァイオリンという楽器を弾きます。 おてんば幼少時代を経て小学校時代はお山の大将さん状態、人生の黄金期である中学高校時代は一貫の女子校に通いたくましく育ち、大学は憧れの音大へ。現在、大学院に通いながらドイツ・ケルン音楽大学へ留学しています。
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