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私と社会と自然――人と地球をつなぐ、エコロジカルな態度(後編)

みなさんこんにちは、牛ラボマガジンです。

今回は、一般社団法人 Ecological Memes(以下、エコロジカルミーム)の代表・発起人である小林泰紘さんに「自然や社会に対する私なりのあり方の模索と実践」についてお話をうかがいました。エコロジカルミームでは、エコロジーや生態系を切り口にこれからの時代の人間観やビジネスのあり方を探索していく取り組みを実施されています。

自然や社会については、知れば知るほど問題の構造が複雑で、自分の立ち位置を決めること、そして、そのうえで実践に移すことの難しさに直面します。
違和感を抱える自分と、現在の状況から抜け出せない自分。そんな状態から立ち上がり、この社会の中で「私なりのあり方」を決めるためにはいったい何が必要なのでしょうか。小林さんにさまざまな角度からお話をうかがいました。

今回はその後編をお届けします。前編はこちら
(このインタビューはオンライン会議サービスのZoomを利用して行いました。)

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違和感や感覚を自覚できるスペースをもつ

──エコロジカルミームでは、「Journey of Regeneration(ジャーニーオブリジェネレーション)」というタイトルで、14週間のオンラインプログラムを開催されていました。これはどのようなプログラムなのでしょうか?
プログラム全体は、「リジェネレーション」をテーマにしています。リジェネレーションは「再び生まれていく」「繰り返し生成していく」という意味を持つ言葉です。
「ジャーニーオブリジェネレーション」は、一人ひとりが本来生き物として持っている生命感覚に根ざした生き方、その生き方につながる暮らしやビジネス実践を探索していく旅型のプログラムとして設計しています。

14週間のプログラムには7つのテーマと2つのセッションが存在します。
セッションは「ラーニングセッション」と「センシングセッション」に分かれており、ラーニングセッションでは、実践者や先駆者の方々と叡智を分かちあいます。最初の頃は自然のリズムや身体感覚に焦点をあてた上で、次第に循環社会や生命体としての組織経営などビジネスや社会実装と関わるテーマに入っていき、最後は「エコロジーとお金の循環」というテーマで、お金や資本主義のリアリティに向き合っていくセッションを行いました。

一方、その裏側ではDNAの螺旋構造のようにセンシングセッションが交互に進んでいきます。こちらは参加者がそれぞれの場所で身近な自然の中に身を置いて感覚を研ぎ澄ましたり、その時間で感じたことを共有して対話したり。プログラム自体はオンラインでの実施になりますが、オンラインで完結させるのではなく、参加者それぞれが、暮らしや身近な自然環境を直接体験できる仕組みを組み合わせています。

──さきほどの話にあった「システムアウェアネス」のような考え方がプログラムにも盛り込まれているのでしょうか?
はい。それも、機械的なつながりとしてのシステムとしてだけでなく、いのちや生き物として感覚まで深く降りていくようなアウェアネスを養うということをやっています。自分たちに既にある内なる自然性、インナーネイチャーをテーマにしたセッションをしたり、4つ目のテーマ「再生に向けたデザイン -ポスト人間中心とバイオミミクリ-」では、九州大学、稲村徳州助教をナビゲーターにお迎えして、外部の観察者としてではなく、自らの生命性の内側から世界を観察していく「メディテーティブアイディエーション」というデザインメソッドを取り入れていただいたりしています。

そうした体験の連なりの中で参加者の方々からも実際に大きな変化や行動が生まれはじめているので、ぜひレポートなどを読んでいただけたらと思います。
自然と呼応する喜びが教えてくれた エコロジカルに気づかうこととは 〜Journey of Regenerationの記憶<後編① 井上美香さんの旅路>〜

自然というと外部に存在すると考えてしまいやすいですが、人も自然の一部であって、僕らの身体も天体運行や自然のリズムや、腸内細菌をはじめとしたたくさんの生命と共にあるわけです。内と外の境界が曖昧になっていく、そうした生命のつながりの感覚に根ざしたアウェアネスを「エコシステミック・アウェアネス」とよんでいます。

現在のサステイナビリティの議論は、外部からシステムを観察する立場での議論がとても多いように感じます。
養老孟司さんが「生物多様性という概念を作って頑張ろうとしているけど、虫がたくさんいる、木々が一本一本違うという感覚がない人が頑張って生物多様性を考えるからおかしくなる」といっていましたが、本当にそうだと思っていて、南方熊楠が100年ほど前から指摘していたことが現代でも起こっている。
地球環境や他の生命と調和的にある社会を本当に実現するためには、リーダー自身がそうした感覚やアウェアネスを取り戻し、その土台の上で考えたり、仕組みをつくったりしていけるかが問われていると感じています。

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──「ジャーニーオブリジェネレーション」の参加者には、どういった方が多いのでしょうか。
最初は少人数で小さくできたらいいなと思っていたんですが、想像以上に反響があって最終的には海外・日本全国含めて約70名もの方が集まってくれました。嬉しかったのは「直感で参加してしまいました」という方が多いことですね。
いまの社会の中で生きながら、仕事をしながら、何か感じていることがあるんじゃないでしょうか。自分が本当に大切にしたいことに気づきはじめているけど、その感情や違和感を安心して表現できる場所がなかったり、日々の暮らしや仕事の中で実践するためのスペースが余っていなかったり。
大学生から大企業の役員まで、年代もバックグラウンドもさまざまですが、根底にはそういった感覚に共鳴してくれた方が集まってるんじゃないかと思います。

──違和感に気づいても、表現できる場所がないという部分が、確かにそうだなと思いました。みんな余裕がなく、本当はこの方がいいんじゃないかと感じていても、「とはいえ」という言い訳がまかり通ってしまう。たとえば「とはいえ目の前の生活があるし」とか「とはいえすぐに結果を出さなければいけないし」とか。しかし、一人ひとりがそれぞれの大切なことを大切にするためには、その言い訳から一歩ずれないといけませんよね。そういった言い訳を突破するためにはどうしたらいいと思われますか?
まず前提として、多くの場合、そうした違和感は無自覚のうちに社会的に矯正されたり、蓋をされたりして、自分の根っこでそう感じていることにすら気づかなくなっていきやすい。なぜかというと、そうした感覚を鈍らせたり閉ざしたりする方が楽で、生きやすい社会の仕組みになってしまっているからです。でもそれでは既成のシステムが強化されるばかりで、誰も願っていないはずの結果を繰り返してしまうことになります。

だから、まずは自分自身が感じていることをありのままに許してあげたり、その違和感を自覚したりするスペースを個人や共同体の中に育むことが、前に進む第一歩になるんじゃないでしょうか。 ジャーニーオブリジェネレーションのプログラムの中でも参加者からは、「感じたままでいいって言ってくれる場所があることに救われた」という声も聴こえてきています。
頭と身体、私と自然。分断の先にある再統合への旅路の始まり 〜Journey of Regenerationの記憶<前編>〜

そのときに大切になるのは、身体の感覚に耳をすますことです。例えばぼくは毎朝、白湯を飲んでいますが、毎日飲んでいると、お湯の味や口に含んだ感じが日々全然違うんですよね。自分自身の状態によって、どういうふうに体の中に染み渡っていくかも違う。そうして身体の些細な感覚をキャッチできるようになると、例えば、日々のちょっとした選択に素直になれたり、感じていたストレスや違和感に気づいたりしやすくなります。

頭で考えることは悪いことではありません。でも意識しなければ、ずっと頭だけで考えてしまいます。そうすると、気づけないことが増えてきてしまう。だから、まずは自分自身がこういうことを感じていると気づいてあげられるスペースを持ってみてほしいです。日々暮らしながら自分に気づいてあげる時間や習慣を持ったり、感じたことをちょっとシェアできるようなコミュニティやつながりあいを持ったり。

自然や世界と繋がっている実感を取り戻す

ー小林さんのお話のように自分自身の違和感や感覚に気づけるようになったあとは、どんなことが大切になってくるんでしょうか。
自分が大切にしたいことに気づけば気づくほど、その大切なことが存在できない外側の仕組みに目が行くようになります。そうすると、「自分は正しいことをしようとしているのに、外側の社会のこれが悪い」といったモードになりやすい。でも、それでは最初に話したような、自分と自然を切り離して対象化していくことと同じパターンを繰り返してしまいます。正論のものさしで善し悪しの判断をして、悪いものを否定していくことは、分断を加速させます。

ではどうすればいいのか。こういったお話のときによく具体として挙げるワークがあります。「つながりを取り戻すワーク」をご存知でしょうか。ジョアンナ・メイシーという仏教哲学者であり環境活動家の方によって理論化された手法です。

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内側の世界から外側にある現実世界に目を向けると、心が痛むような絶望せざるを得ない現実がたくさんあります。絶望や痛みは、否定や分断に向かっていきやすいものです。
しかし痛みや絶望の奥底には、かならず愛や感謝、願いが存在します。気づいていなかった愛や感謝や願いに目を向けたとき、自分がシステムの一部としてそういう痛みを感じている真の理由を受け取りやすくなります。そして、それは自分の内面や他者や取り巻く環境との関係性の中で起こっているはずで、そのことに気付くと、外の世界や社会を否定して拒絶するのとはまったく違う、新たな選択肢が立ち上がってくる。その新たな選択肢こそ、大切な願いや感謝へ一歩を踏み出すために重要な鍵です。

──確かに、違和感やもやもやを抱えたとき、とっさに頭で考えてしまうことが多いかもしれません。
ぼくは常々、人は人の世界に閉じこもって頑張りすぎてるんじゃないかと感じています。
ぼくは悩みや不安で頭が散らかっているとき、夜に外を歩くんです。夜風に当たったり、木に背中を預けてボーっとしたり。すると、すーっと心が静かになっていくことがあります。身近なところでも、自然の力を借りられる場面はすごくあると感じます。
地球環境のことも同じで、人間が全てを課題解決できるという前提にたった発想ではなく、他の生命や人ならざる存在たちとどうしたら共にダンスをしていけるかという感受性を一人ひとりが取り戻すことが大切なのではないでしょうか。

悩みや不安は意識をあてればあてるほど増幅してしまって、望んでいた方向と逆に働いてしまうこともあるので、自分だけで頑張りすぎないという意識は大事にしていきたいですね。

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──「自然」の力を借りることで、清々しい気持ちになれたり、頑張ろうと思えることはありますね。エコロジカルミームも小林さん自身も「自然」というキーワードを大切にされていますが、わたしたちは「動物」というキーワードも大切だと思っています。小林さんは「動物」について何か思うことはありますか?
以前に遠野で馬と共に時間を過ごした際に、夜に山道でいきなり馬の雄叫びと駆ける音がきこえ、あまりのこわさに身体が硬直してしまう体験をしたことがあります。昼間にはその馬に会っていて温かく愛おしさをかみしめていたのですが、一蹴りされれば人間はひとたまりもありません。

自然は安心やつながりといった側面だけじゃなく、畏怖や恐れ、荒々しさも持っています。安心やつながりももちろん大事ですが、自分ではどうしようもない圧倒的なスケールのものに出会ってしまったときに感じる畏怖もまた生命のリアリティです。
僕は人間にとって自然の本質は、人のスケールを越えた「畏怖」と「安心」の両面を併せ持つ、いわば「畏愛」なんだと感じているんですが、動物はそれをもっとも近いところで思い出させてくれる存在なのかもしれません。僕ら自身も動物ですから。

都市的な生活の中では、そうした生命のリアリティに触れる機会が失われているので、千葉ウシノヒロバはそんな場所になっていくのかなと、ふと思いました。

──ありがとうございます。私もそういう感覚を重要視していて、千葉ウシノヒロバも、人間だけではない別の存在感を感じ取れるような場所にしたいと思っています。まさに小林さんがおっしゃっていた通りですね。

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編集後記
小林さんの活動は、直接、酪農や牛、キャンプ、そういったものに関することではありません。一見、千葉ウシノヒロバとは関係のないようにも見えます。
ですが、それでも今回小林さんにインタビューを申し込んだのは、根底の部分で何かつながるものがあると思ったからです。そして、インタビューを実施して、その直感は正しかったと思いました。

千葉ウシノヒロバは、牧場でもあり、キャンプ場でもありますが、自然や動物、経済や世界について考える場所でもあります。なぜなら、いま社会が、そういう場所を必要としているからです。
小林さんのエコロジカルミームというプロジェクトが誕生したきっかけも、一言で言えば、いまが世界の過渡期であるから、ということでした。

ナショナリズムが台頭しリベラルの力は弱まり、いくらデモをしても若者の投票率は増えず、科学やテクノロジーが発展し文系の存在感は消え、新型コロナ禍で苦しむ小さな事業者もいれば資産を大きく増やす資産家もいて、地球温暖化が急速に進み誰もが気温の上昇を体感しているにもかかわらず多くの人がいまでも他人事で、どんどん便利になっているはずなのになぜかそれほど幸せではなく。

問題が山積みのいまの時代を生きるのは大変つらいことですが、それでも結局のところ、いまを生きるぼくたちが一つずつ少しずつどうにかしていかないといけないのだと思います。

小林さんはインタビューのなかで「みんな世界に違和感を感じているのに、それを言える場所がない」とおっしゃっていましたが、まさにそのとおりだと思いました。
いまは、どう考えても余裕のない窮屈な社会です。違和感を持たない方がおかしい。でもそれをどうにかするのは大変過ぎる。だから何も感じないふりをする。満員電車にストレスを感じたところでどうしようもない。だから心を無にして電車に乗る。それが処世術です。

でもそれでは何も変わりません。結局未来の子どもたちがツケを払うことになります。いまの時代の責任は、いまの時代を生きる私たちが取るべきです。そしてそれは、違和感を持った人たちの小さな勇気の積み重ねによって達成されることなのだと、小林さんの話を聞いていて思いました。

千葉ウシノヒロバは、夢のような場所ではなく、現実の延長線上にある場所と位置づけています。ここに現実逃避をしに来るのではなく、ここに訪れた人たち、そして未来の子どもたちの毎日が少しでも前に進む場所にしたいからです。

エコロジカルミームが、世界に違和感を持った人たちのためのオルタナティブとなっているように、千葉ウシノヒロバも、訪れてくれた人たちの小さな勇気を応援する場であり続けたいと思います。(f)

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インタビューに答えてくれた方
小林 泰紘(こばやし やすひろ)
一般社団法人 Ecological Memes 共同代表/発起人、株式会社BIOTOPE 共創パートナー
世界26ヶ国を旅した後、ImpactHUB Tokyoにて社会的事業を仕掛ける起業家支援に従事。その後、人間中心デザイン・ユーザ中心デザインを専門に、幅広い業界での事業開発やデジタルマーケティング支援、顧客体験(UX)デザインを手掛けた。共創型戦略デザインファームBIOTOPEでは、企業のミッション・ビジョンづくりやその実装、創造型組織へ変革などを支援。
自律性・創造性を引き出した変革支援・事業創造・組織づくりを得意とし、個人の思いや生きる感覚を起点に、次の未来を生み出すための変革を仕掛けていくカタリスト/共創ファシリテーターとして活動。座右の銘は行雲流水。趣味が高じて通訳案内士や漢方・薬膳の資格を持つ。イントラプレナー会議主宰。エコロジーを切り口に新たな時代の人間観やビジネスの在り方を領域横断で探索するEcological Memes 代表理事。
https://www.ecologicalmemes.me/

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(執筆:稲葉志奈、編集:山本文弥)