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未来の牛と人間をつなぐのは「発酵」かもしれない

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジンです。牛ラボマガジンでは「牛」を中心としながらも、食や社会、それに環境など、様々な領域を横断して、たくさんのことを考えていきたいと思っています。

暑い夏が終わりに近づいていますが、まだまだ残暑。食品が傷みやすくなったり、テントが湿気でカビないよう気をつけたりと、キャンプをする方は細菌やカビ対策に慎重になるシーズンかと思います。
しかしこうした微生物にも、酪農やみなさんの生活を支えてくれる良い側面があるのです。その代表格が「発酵」です。近年では微生物発酵を活用した技術の発展もめざましく、発酵に世界が注目しています。

今回は、乳製品をはじめとする発酵食品の黎明期から、発酵のエコロジー活用に至るまでの道のりをたどっていきます。

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ヨーグルトの誕生と発酵の広がり

まずは、乳酸菌食品の代表格であるヨーグルトについてです。実はこのヨーグルトこそ、世界最古の発酵食品であると言われています。まずはその歴史をさかのぼってみます。

ヨーグルトが誕生したのは紀元前5000年頃。地中海から中央アジア方面で、保管中の乳に偶然乳酸菌が入ってできたと推測されています。乳の便利な保存方法としてヨーグルトは少しずつ各地へ広まっていきました。メソポタミア文明下では健康への作用も認められ、最古の文明民族・シュメール人も積極的に食していたそうです。 シュメール人はヨーグルトの他にも、塩漬けした肉や魚もよく食べていたことから、腐敗を防ぐ食品加工を経験的に習得していたと考えられています。また、紀元前5000〜3000年頃のメソポタミアやエジプトではお酒と酢が製造されていたとわかっています。(参考: 東京農業大学 研究活動(2011年3月17日).『乳酸とヨーグルト 世界最古の乳製品』.東京農業大学HP 村田容常・渋井達郎(2015年3月30日).『食品微生物学』.東京化学同人社)

さらに10世紀頃には、茶葉や調味料などが各国の食文化を豊かにするとともに、保存食の概念も培われていきました。こうして発酵食品は長い年月をかけて、日本を含む世界中の一般庶民まで広がっていき、現代の食卓に至ります。

人と地球に「有用」な発酵の発見

このように大昔から発酵食品に親しんできた人類ですが、実は、発酵のもととなる微生物の存在を認識したのは比較的最近のことです。顕微鏡の発明を皮切りに17〜18世紀頃から徐々に研究が進み、かつては偶然の産物だったヨーグルトやワインなどが、微生物の活動によってできていたことが判明します。
また、19世紀後半にはドイツの細菌学者ロバート・コッホが感染症の証明に成功します。牛の炭疽菌の存在やその細菌分離方法も発見し、ここで人類ははじめて病気の原因を知りました。(参考:村田容常・渋井達郎(2015年3月30日).『食品微生物学』.東京化学同人社)

この頃を境に、人類は「発酵」と「腐敗」を明確に分けて考えるようになります。
「発酵」は人にとって有用な生成物をもたらすもの、そして「腐敗」は人に有害なもの、という基準が生まれたのです。

有用な発酵生成物とは、食べ物以外のものも指します。たとえば藍染は葵の葉を発酵させて染料を作りますし、抗生物質のペニシリンは青カビの発酵から抽出した物質です。
微生物と聞くと、つい不衛生で危険な「腐敗」の方をイメージしてしまいますが、このようにうまく活用すれば衣食住や衛生の手段にもなります。
藍染製品を抗菌や防虫に使う。感染症を治すために抗生物質を飲む。野菜が腐らないように漬物にする。このように、微生物の働きは人間にとってとても有益なものがあります。有害な微生物の危険から人を守ってくれるのもまた微生物なのです。

発酵技術はエコのステージへ

近現代の「食べ物以外の発酵技術」の代表格ともいえるのが、農業の土壌改良です。堆肥の牛糞やもみがらなどを微生物が分解するときに発する熱を「発酵熱」と呼びます。発酵熱は最大で80℃にもなり、冬でも堆肥から湯気が立ちのぼるほどです。この発酵熱が農業やエネルギー生成に活用されはじめています。
たとえば「発酵熱農法」という農業手法では、バーク(樹皮)やおがくずの発酵熱を利用します。発酵熱を発する堆肥で地面の温度を上げるだけでなく、熱伝導性のいい素材を地中に埋め込んでモーターへ温熱を送り込むなどして、ビニールハウス内の暖房の熱源にもするという農法です。冬のビニールハウスは多額の暖房費がかかるので、発酵熱を使えば大きな節電になります。本来は廃棄物である木くずをうまく使い、省エネとおいしい野菜作りを両立しているのです。
バークといえば牛の足元に敷くクッションとして、私たちも畜産の現場でよく目にする素材です。そんな身近な素材の新しい使い道を知ると、少し嬉しくなります。

また、牛糞をはじめとする糞尿や生ゴミも、処理設備次第では優秀なエネルギー源となります。
現在実用化が進んでいる「バイオガスエネルギー」は、牛糞などにつく微生物を利用して燃料を得るという技術です。有機物を効率的に発酵させてから、温室効果ガスの原因になるメタンガス部分を回収して、バイオガスボイラーやバイオガス発電などの燃料にします。ごみの処理と燃料生産が同時に解決し、処理事業者は売電収入も得られるので、大地と空気に優しく人間も嬉しい"一石三鳥"のエネルギーなのです。
実際に北海道十勝地方の鹿追町ではバイオガスから水素を作る実用実験が進んでいて、牛の糞尿からできた水素燃料で走る電池車が、町の公用車として使われています。(参考:齋藤勝裕(2019年4月25日).『「発酵」のことが一冊でまるごとわかる (Japanese Edition)』ベレ出版)

発酵から見据える牛と人の未来

牛のゲップから排出されるメタンガスについては、過去の牛ラボマガジンでも触れました。しかし、技術が進化して牛糞発酵のメタンガスがエネルギーとして活用されるようになれば、牛の発するメタンガス全般のイメージが好転するかもしれません。

かつての人類はとてつもなく長い年月をかけて、病原微生物の危険性と発酵の有用性を知り、微生物との上手な付き合い方を模索してきました。現代になってから新しい微生物が発見されることもあります。畜産業の分野においても、まだ発見されていない廃棄物や微生物の活用方法があるはずです。

たとえば、食べた牧草を発酵させて分解する機能をもつ、牛の「ルーメン(第一胃)」に注目してみましょう。ルーメンは発酵状態が良いほど牛乳の量が増え、状態が悪いと病気になる、牛にとって大切な内臓器官です。
このルーメンの活動を微調整できるような餌や微生物が発見されれば、牛の健康促進やメタンガス量のコントロール、従来より栄養価の高い牛乳づくりなど、酪農の新技術開発が期待できます。実際にカリフォルニア州では、牛に「藻」を食べさせることでゲップのメタン量が減少したという実験結果が出ているようです。(参考:Ayaka Toba(2021年11月17日).『牛の糞尿で再エネづくり。アメリカの農場で進む「バイオ」な実験とは?』IDEAS FOR GOOD.)

また、藻といえば、2010年頃から藻の異常発生「グリーンタイド(緑潮)」が国内外で問題となっていますが、もしグリーンタイドの藻でも牛のメタンを減らせるのであれば、温暖化対策と海洋生態系保護をしながら牛の餌代まで節約できる可能性があります。
ウシノヒロバにいる牛たちのおなかが、遠い海の美化をお手伝いする様子を想像すると、なんだかワクワクしてきませんか?
このような新しいアイデアがどんどん実用化されていけば、未来は「牛 × 発酵」が地球環境と人間の生活を支えるような社会構造になるかもしれません。

発酵の歴史にあたり「微生物の危険から人を守ってくれるのもまた微生物」と前述しましたが、いずれ「牛を畜牛文化の衰退から守るのもまた牛」と言える日が来るのではないかと、私たちは期待しています。
その未来に一歩でも早く歩みを進められるよう、ウシノヒロバは牛と人と自然が穏やかに交差する場所を目指していきます。

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(執筆:小野 茜、編集:山本 文弥)