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これからの働き方と生き方を考える――中洞正『中洞正の生きる力』を読んで

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジン編集部の西田です。

新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの働き方に大きな影響を与えました。どうしても出勤しなければできない仕事もあれば、家にいながらできる仕事もあります。新型コロナウイルスは、その境を明確にするとともに、社会の中にあるたくさんの仕事の本質を考えるきっかけをつくりました。
私たちはなぜ働くのか。それは、生活をするためなのか、お金を稼ぐためなのか。それも当然の答えだとは思いますが、それだけではない気もします。

牛のすぐ近くでずっと働いてきた山地酪農家の中洞正さんという方がいます。強い意志で日本の酪農を新しい方向に切り開いた彼の考え方は、この問いに大きなヒントを与えてくれます。
今回は、その中洞正さんによる『中洞正の生きる力』という本を軸に、これからの社会について少し考えてみたいと思います。

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中洞さんの山地酪農

中洞さんが実践した「山地酪農」とは、牛を通年昼夜放牧し、餌は無農薬の自然の野シバで育てるというものです。これは、私たちが「牧場」と聞いて思い浮かべる風景に近いかもしれませんが、彼が酪農を始めた1980年代、その実践は異端と言われてもおかしくないものでした。
工業化や合理化が求められ、牛は牛舎の中で最低限のスペースしか与えられず、餌は海外から輸入された合成飼料。これが当時の酪農の当たり前のスタイルで、そして、現在でも多くの牧場で続いているスタイルです。
この工業的で合理的な仕組みは、酪農業界に課せられた高い生産性をクリアするためにはどうしても必要なものなのかもしれませんが、あらためて考えると、ちょっと胸が痛むような気もします。

しかし、中洞さんの実践は、古典回帰の非合理的なスタイルというわけではありません。この山地酪農がいかに合理的で、かつ、永続性のあるものか、この本の中で存分に語られています。誰もがかんたんに真似できるようなものではありませんが、ひとつの酪農の形として、牛にも人間にも優しい酪農のスタイルです。

この本は、中洞さんが辿ってきた人生をほぼ時系列で追いながら、その仕事について描かれています。その道筋は順風満帆とは言い難いものですが、人との繋がりと強い信念に支えられた、すごく力強い足取りのものであったことが伺えます。

いま、働くということ

「私たちはなぜ働くのか」という問いを冒頭で立てましたが、例えば100年前、200年前の人々はこのような疑問を持ったでしょうか。おそらく、現代人に比べたら遥かに小さいか、あるいは無かったのではないかと思います。この疑問が社会の中で大きな存在感を持つようになったのは、機械が人間に代わって働くようになったからなのかもしれません。

歴史をたどると、まずは手作業で生み出されていたものの多くが、機械の手で効率的に、そして大量に作られるようになりました。これは、人間の「身体」の代わりに機械が動くようになったということです。イギリスでは産業革命以降、日本では第二次世界大戦以降、それぞれ合理化や工業化を推し進めていきました。
やがて、コンピューターが発明され、身体のみならず「脳」までも機械になり代わられる時代がやってきました。会社の採用など、重要な意思決定を機械がおこなうことも増えています。AIやディープラーニングなど、「脳」の代わりとしての機械は、これからも進化を続けていくことでしょう。

最近、新聞やメディアで目にすることが多くなった「AIに取って代わられる職業」「今後50年で消えてしまう職業」などのランキング。人間の生活を豊かにするための道具であったはずの機械たちはいつの間にか、人間の生活を脅かす存在となりました。人間の代わりに機械にやってもらえる仕事が増えて人間は楽になるはずなのに、そのために失業して生活に困る人が出るかもしれない。これでは何のための技術発展かわかりません。
では、人間はもう働かなくても良いのでしょうか。機械に仕事を取られ、それで良いのでしょうか。

この本の中では、中洞さんの思想を支えた恩師の言葉として「千年家構想」というものが紹介されています。一度出来上がった酪農は次世代から次世代へと受け継いで、千年続く酪農にすることができるというものです。
中洞さんは、いまの酪農のことだけを考えているのではなく、千年後の酪農を作るために、牛のそばで働き続けているのかもしれません。そして、人間が働くことの意味は、実はここにあるのではないかと思うのです。

1000年先の想像力のために

先ほど述べた「今後50年で消えてしまう職業」ランキングですが、いまの子どもたちが将来働く社会がどうなるのか、まだ見当もつきません、そういったランキングには、「どんな職に着いたら一生食いっぱぐれないのか、いまのうちに考えましょう」というメッセージが暗に添えられていることがほとんどです。しかし本当にそうでしょうか。
社会を作るのは人間で、どんな社会を望むかも人間です。10年後、20年後、そして、積み重なってそれが1000年になった時にどんな社会を作るのか。そのために自分ができることをするのが、いま働く理由なのではないでしょうか。
社会は、勝手に変容して襲いかかってくるものではありません。すべては人間の、いまの行いの積み重ねの結果です。未来をつくるのは、明日を便利にするための機械ではなく、1000年後を考える私たちの想像力です。

なぜ働くのか。それは、一人ひとりがそれぞれの「千年家構想」を考え、未来にそれを実現するためなのかもしれません。この本は、そんな1000年後を考える想像力をわたしたちに与えてくれます。

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参考文献
中洞正、『山地酪農家 中洞正の生きる力』、六耀社(2013).

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(執筆:西田佳音、編集:山本文弥)