心を決めたらすべてが動きだした 〜出版翻訳への道〜 ドイツ語翻訳者 中村智子さん
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心を決めたらすべてが動きだした 〜出版翻訳への道〜 ドイツ語翻訳者 中村智子さん

翻訳と私

中村智子(なかむらともこ)
 神奈川県生まれ。ドイツ児童文学・YAを中心とした書籍翻訳に従事。訳書は『ミシシッピ冒険記』(岩崎書店)、シリーズ『動物と話せる少女リリアーネ』『水瓶座の少女アレーア』(学研プラス)、『ゆすってごらん りんごの木』『Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法』(サンマーク出版)ほか。山歩き、市場巡り、発酵食品作り、動物、とくに猫が好き。モットーは〈選択肢は少なめに〉。南ドイツ在住。Twitter : @dosine2010
 
 書籍翻訳をやってみたい。でも、どうすれば出版の世界に入れるのだろう。スタート地点に立ったもののその入口の狭さを知って途方に暮れる。翻訳学校には通っていないしコネもない。おまけに実績なしで海外在住。ないないづくしの自分が越えなければならないハードルは果てしなく高い……。でも待てよ、どんな人にもはじまりがあり、未経験からスタートしたのだ。入口はどこかにあるはず。
 20年前、わたしは自分の中でそんな会話をしながら翻訳者への道を模索していました。そして2004年から書籍翻訳にたずさわるようになり、訳書も児童書、一般書を合わせて50冊を超えました。
僭越ながら、そんなわたしの体験をここで少しばかり紹介いたします。出版翻訳を目指している方々のお役に少しでも立てたら嬉しいです。

なぜドイツ語だったのか
 白状すると、実は英語がとても苦手でした。それでも高校生のときから英語の読解授業は好きで、翻訳を仕事にできたらなあ、という漠然とした思いはありました。とにかく苦手意識が強かったので外国語学部への進学は選択肢の中にありませんでした。結局、法律を専攻し、卒業後は語学とは関係のない業界に就職しました。ところが軌道に乗りはじめたころに将来への迷いが出てきました。その職場での30年後の自分の姿が思い描けなかったのです。そこではじめて本当にやりたいことを自分に問いかけ、かつての夢を思い出しました。そして、一度は外国語の世界に浸ってみたくて、あまり深く考えずにドイツに語学留学しました。かなり無謀な行動だったと思います。ちなみにドイツ語は大学での第二外国語でした。

手探りではじめた翻訳学習
 一年が経過しドイツ語の世界が広がりだすと、それまでぼんやりとしか描けなかった夢が少しずつ具体化されていきました。水も合っているような気がしたので定住も念頭に入れつつ、聴講生として大学に通いながら将来を模索していました。そのころからドイツ書籍の美しさに惹かれるようになり、本に関わりながら日本ともつながりのある仕事をしたいと思うようになりました。そうなると自分にできそうなことがかなり絞られてくるので、翻訳はおのずと志望職種の上位に位置することになりました。

 実際に翻訳の勉強をはじめたのはそれからさらに1、2年経ってからでした。当時は独日翻訳を学べる機関がほとんどなく、居住地の関係もあって通信教育を選びました。ネットもそれほど普及しておらず、日本へのアクセスは郵便と電話、ファックスが主流の時代です。小さな調べ物はネットでできても基本的にはアナログな時代ですから、情報を得るのも一苦労でした。遮断された環境に置かれたおかげで、周囲に惑わされることなく自分に集中できたのはよかったのですが、一人でモチベーションを保つのはなかなか根気がいりました。
 そして通信講座を終了するころには、自分に一番向いているのは児童書だと感じるようになり、出版翻訳への思いも強くなっていました。とはいえ、ご多分にもれず、翻訳講座を終了しても仕事はもらえませんでした。

 先が見えずあせりも増していたそんなある日、小さな転機が訪れます。
「自分にとっての大切な1冊」との出会いです。
 新聞書評に掲載されていた自然科学系のYAノンフィクションを見つけた夫に、わたし向きではないかと記事を見せられ、さっそく書店に赴きました。

 そしてページを開いた瞬間、これだ、この本だ!と直感し、まずは勉強のために訳してみることにしました。

 今にして思えば、「この本を訳したい!」という思いが出版翻訳への本格的なスタートだったといえます。そしてそれからは、偶然のような不思議な出来事が次々と起こるのですが、まさかこれが本当のはじまりだとは当時は夢にも思いませんでした……。

 訳すといっても、なにしろきちんと翻訳を学んだこともなければ何十ページもの長文テキストを訳したこともありません。そんなわけで、通信講座で得た知識を手がかりに自己流ではじめました。はっきりとは思い出せませんが、このことを近況報告がてらあちこちでしゃべっていたらしく、訳しはじめて間もなく助人が現れました。翻訳家の知人二名が、力になりたい、と手をあげてくださったのです。実家のご近所Aさんと元取引先のBさんで、わたしはおふたりが翻訳家であるのをすっかり忘れていたので、この成り行きに心の底から驚きました。

 こうして特訓がはじまりました。

 まったくの初心者が書籍1冊を訳すのは想像以上に困難です。ですから一度にすべてを訳すのではなく、訳したものを一章ごとにAさんに送って読んでもらいました。Aさんには、訳文のわかりにくい箇所や日本語になっていない部分をマーキングし、ドイツに返送してもらいました。そして、わたしはマーキングされた箇所を推敲し、再度日本に送りました。今では考えられませんが、すべて郵送です。

 こうしてある程度体裁を整えた原稿を、今度はBさんに読んでもらい、さらに修正を加えました。そして8割くらいを訳し終えて持ち込みを検討しだしたころ、なんとその本が日本で刊行されてしまったのです。

 訳者は有名な先生でした。残念な気持ちが半分と、プロの訳と自分の訳にどのような違いがあるのか知れるチャンスができたことへの好奇心が半分とで、ドキドキしながら読み比べました。そして、自分にとってこの勉強方法は非常に効果があったことを確認し、次の本に挑みました。

 ところが、またしてもその本も同じ先生に翻訳されてしまったのです。
このままではいつまでたっても持ち込めない。あせりました……。

転機は思わぬ形でおとずれた
 そこでわたしはある種の賭けに出ました。半分はヤケクソだったのかもしれません。かつて書いた訳文を、児童書を扱ういくつかの出版社に送ってみました。業界にはまったく明るくなかったので直感で選びました。その際に自分が得意なこと、興味があることなどを詳しく書いた履歴書兼作文のようなものも添付しました。

 それから5日後、家の電話が鳴りました。
 手紙を送ったある出版社の編集者さんからです。翻訳業界への扉が開かれた瞬間でした。

 さらに1か月後、わたしは一時帰国しその編集者さんを訪ねました。すると、わたしに合いそうな人がいるから、と帰国中に版権エージェントに会えるようお膳立てしてくださいました。
 後日エージェントに会いにいくと、そこでも驚くような出来事が待っていました。「ちょうど前日に入った仕事があります。新人でもいいそうなので、トライアルを兼ねて訳してみませんか?」と2冊の絵本を提示されたのです。あまりにも突然だったので、受けてもいいのか迷いました。このような偶然の出会いはお導きに違いない。でも、お受けしてひどい訳をつけてしまったら、ここまでつないでくださった編集者の面目をつぶしてしまう……。直感と理性のせめぎ合いの末、直感を信じて思い切ってお受けしました。今は絶版になってしまった絵本「ちいさなワニでもこころはいっぱい」と「ちいさなワニのおおきなこい」です。

継続するのが難しい
 滑り出しはよかったのですが、予想通り、次へつなげるのは容易くありませんでした。それからはひたすらじっと我慢の日々が続きました。

 エージェントに紹介された書籍のレジュメを書いたり、自分で見つけた持ち込み用の本に訳をつけたりしながら約1年半が経過したところ、エージェントからこんなアドバイスを受けました。やりたいことに固執せずに実用書にも目を向けてみては、と。そして翻訳会社を紹介されました。

 この動きが功を奏し、翻訳会社に登録させてもらってひと月くらい経ったころに自己啓発書のリーディングを依頼されました。これもまた驚きのスピード展開で、レジュメを提出してからたった1週間で版権取得の連絡があり、訳者に選んでもらいました。

 ときを同じくして、持ち込み用に訳してあった児童書の1冊がドイツ児童文学賞を受賞したことで、それを訳す機会もいただきました。このとき編集を担当されたのは、わたしが翻訳をはじめるきっかけになった前出の書籍の日本語版を担当された方でした。不思議なご縁です。

 そこからは編集者を紹介される機会が少しずつ増えていき、また、幸いにも訳す機会をいただいた書籍はシリーズ化することが多く、その後15年間ほど出版翻訳の仕事は順調に継続しました。

シリーズもののメリットとデメリット
 シリーズものには大きなメリットがあり、軌道に乗れば仕事は自動的に舞いこみます。同時期にシリーズを3本抱えていたときには数年先までスケジュールがいっぱいでした。けれどもメリットは同時にデメリットでもあります。その間は健康管理に非常に気をつかいますし、いつまで続くか保証がなく、スケジュール管理が難しいのです。その間は営業活動や新規開拓も思うようにはできません。これはと思う本を紹介して版権が取れたとしても自分では翻訳できない可能性もあります。また、一つの環境に長くいれば長くいるほど、外界から隔離されてしまう危険もあります。せっかくリーディングや翻訳の依頼を受けても断らざるを得なかったので、せっかくご依頼くださった方々と関係を築けずに終わってしまったことも多々ありました。

 このような状況でできることはそれほどありませんが、親しくなった編集者やエージェントとは疎遠にならないよう、ブックフェアに参加したり、まめに日本に帰国してご挨拶に行ったり、メールで近況報告をしたりするよう心がけました。

 コロナ禍では人と直接顔を合わせる機会が奪われてしまいましたが、代わりにリモート会議が盛んになり、遠隔地域、とりわけ在外者には距離のハンデが軽減されたように思います。新たな出会いもあり、それまでなかなかお会いできなかった方々とお話するチャンスにも恵まれ、自分をとりまく環境もこれまでとは少しばかり変化しました。
 これから世界がどのように変わるか予測できませんが、今後も自分に合うやり方で人とつながっていけたらいいなと思います。

おしまいに
 翻訳の指導をしてくださった先輩諸氏が異口同音に仰っていたのは、ある程度勉強したら仕事を通じて磨いていきなさい、ということです。
そしてこの世界に入って15年以上経った今思うのは、先輩方の助言は、まったくもって正しかった、ということです。
 準備のための勉強は必要ですが、長期間の机上の学習がレベルアップにつながるとはかぎりません。ある程度の段階に到達したら思い切って次のステップに進み、実務で揉まれることで成長へつなげていくのが望ましいかと思います。

 初心者でも使ってくれるところ、人材を育ててくれる人を辛抱強く探すしかありませんが、チャンスは0ではありません。入口は自分の想像を超えたところにあるものです。エージェントに登録することかもしれないし、翻訳会社のトライアルかもしれません。あるいはコンテストに挑戦したり、翻訳学校の先生から仕事を紹介してもらったりすることかもしれません。決まった方法はないので、あらゆる方向にアンテナを張っているといいでしょう。

 自分をアピールできるもの、例えば、おすすめ本のレジュメやその一部を訳したもの、練習で訳したもの、なんでも構いません。具体的に持ち込めるものがなくても「自分はこれが得意」「こんな本が好き」「こういうものを訳したい」といった、はっきりとした方向性を示せるだけでも印象は違います。なによりも、やりたいことを自分の言葉で語れることが大切です。訳したい本があれば、それが最大の強みになるでしょう。

 そして最後に、これまでの自分の体験を通してとりわけ意味があったと思われることを二点あげておきます。

1.できるだけ早い段階で、信頼できる人に訳文を読んでもらい、修正する訓練をお勧めします。翻訳学校に行かなくてもコネがなくても翻訳者にはなれますが、まったくの自己流では限界があります。ひたすら読んで訳して推敲を重ねる訓練は重要で、第三者に訳文を読んでもらい、厳しくチェックしてもらうとより効果的です。

2.リーディングの仕事がもらえるようになったら、自分の好みに固執せずに幅広い分野の書籍のレジュメ書きをお勧めします。調べ物をすることで、これまで目を向けたことのなかった分野にも興味が広がるきっかけになるからです。

 人にはそれぞれやり方がありますし、正解もありません。けれども、だれにでも共通していることがあります。コツコツ続けること。翻訳の修行はキャリアに関係なく一生続きます。たった一人でできるものでもありません。同業者とつながり、勉強会に参加するのも一つの方法です。
どんな翻訳者にもはじまりがあり、かつてはだれもが初心者でした。自分は未経験だから無理、と思う必要はないのです。勇気を出してはじめの一歩を踏みだしましょう。決意したときにすべてがはじまります。

 よき出会いがありますよう、心よりお祈りいたします!

訳本たち

中村智子(なかむらともこ)
 神奈川県生まれ。ドイツ児童文学・YAを中心とした書籍翻訳に従事。訳書は『ミシシッピ冒険記』(岩崎書店)、シリーズ『動物と話せる少女リリアーネ』『水瓶座の少女アレーア』(学研プラス)、『ゆすってごらん りんごの木』『Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法』(サンマーク出版)ほか。山歩き、市場巡り、発酵食品作り、動物、とくに猫が好き。モットーは〈選択肢は少なめに〉。南ドイツ在住。Twitter : @dosine2010

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どんなに環境が変わろうとも、自分の軸がしっかりと根づいていたら、日々変わっていく風景にも心を惑わされることはないかもしれません。Where there is a will, there is a way.