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140(11)〜(20)

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記事一覧

140(20)

中津陸橋を渡る最中、急な吐き気と眩暈に襲われた。満席状態の特急電車で、壁に寄りかかってもまともに立っていられないほどだった。やっとの思いで電車から飛び降り、駅のホームに崩れ落ちる。息ができない。目の前からどんどん人が離れていく。誰もいない道ができる。そうか、これがモーセの十戒か。

140(19)

味のしないカレーを食べる覚悟はあるか。5分、10分歩くと良いですよ、その日の調子を見るバロメーターになりますから。それなのに気付けばこんな場所まで来ていた。思い出の味に浸って心を落ち着かせようと。それからのことはもう思い出したくない。失意の帰り道で私は経験のない過換気に襲われる。

140(18)

課長と課長代理と3人体制で挑む大型の他社取り案件は、市内の川沿いに佇む大きな鉄工所だった。高専を卒業したての20そこそこの若者が、除細動器のデモンストレーションのため集められる。キャラが立っていて絶妙に芋っぽい。時に彼は人の冷たさに嬲り殺され、またある時は人の温かさに心洗われた。

140(17)

研修最終日なんだから、楽しかった思い出ばっかり書き並べてもいいんですけど、今日はあえて重ためのスライドを用意しました。正直、苦しいことの連続でした。バケツ一杯に水を注いではそれをひっくり返すような毎日。ゴールデンウィーク明けくらいから微熱もずっと続いていて。それでは次のスライド。

140(16)

俺はお前と違って忙しいんだから、電話じゃなくてメールで伝えてくれ。俺は今日一日ずっと客先で設置立ち会いだったから、メールなんて読む暇がない電話にしてくれ。なんでそんな大事な連絡メールで済ますんだ、電話して伝えろよ。電話で報告されても忘れちゃうんだから、メールでリマインドしてくれ。

140(15)

指定席に腰を下ろしたタイミングで、上司から連絡があった。たぶん同じ新幹線に乗っている。今すぐ自由席まで来てほしい。後に夫婦になる同期2人と4人横並びに座る。ぬるくなったキリンラガーを1本もらった。程よく酒が回った頃から、あらん限りの罵声を浴びる。もしあの電話をやり過ごせていたら。

140(14)

「倒れる前に自分の足で来てくれてありがとう」と彼の主治医は言った。そんな状態で家を飛び出してきたけれど、久し振りの我が家はそれほど散らかっていない。母親が慌てて窓を開ける。ずっと締めっぱなしだったでしょう。空気悪いよこの部屋。そういえば最後の数日間は電気を付けることも忘れていた。

140(13)

台風の最中チケットを取ったものだから、ある程度の回り道は計算できていた。しかし高速を降りてからも浸水した海っぺりの迂回路を延々走り続けた。予定していた時刻を大幅に超過してもなお目的地からは程遠い。酔い止めと睡眠薬とバスの空調のせいで激しい頭痛に襲われる。いっそ立ち往生してほしい。

140(12)

神戸三宮のバスターミナルを出発してわずか2時間20分足らずで、目的地まで辿り着く。ある程度の長期戦になることは覚悟の上だから、分電盤のブレーカーも切っておかなければならないし、ガスや水道の元栓も締めておくほうが良さそうだ。母親は今晩合流するらしい。空気公団を聞いて心を静めている。

140(11)

図書館に救われた話。今よりもはるかに体調がすぐれなかった頃、毎日のように入り浸った。特段読書が好きなわけでもなく、物音一つ立てられないあの独特の空気感も苦手で、冷暖房設備のピーキーさもいちいち気に障った。それなのになぜか救われた。ずっとここにいていいんだという気持ちにさせられた。