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【エッセイ】いつかのソープランド、今の脳汁

僕の永遠のテーマである「今を全力で楽しむ」というスローガン。
僕には先天性の俯瞰癖があり、人生の中で我を忘れて没頭した時間は、正味3〜4時間ぐらいだと思います。
類稀なる集中力の無さによって、何かをしていても全く別のことを考え始めてしまったり、人の話に生返事ばかりしてしまったり。
今を全力で楽しむ。
ファンキー加藤が前屈みでシャウトしそうなこの言葉を、僕は一切笑い飛ばすことができません。

大学時代、スロットにハマりました。
もっぱらジャグラーという台に興じており、「こんなことしてる場合じゃないのにな」と考えておきながら、3つのボタンをテンポよく押して時間を食い潰す日々。
ジャグラーは、ボーナスが確定すると台左下の「GOGO!CHANCE」と書かれたランプが、それはそれは鮮やかに点灯します。
その瞬間、指の毛が揺れるほどの鼓動が全身を包み、目の前で回転するリールがスローモーションに見えてきます。
興奮状態です。
その感覚に囚われた人々が、日夜ギャンブルに励んでいるのは語るまでもなく。僕もその一人でした。
後々、それがアドレナリン=脳汁の仕業であることを知りました。
(その後、ものの2分ほどで1万円ほど溶かしたことに何とも思わない自分が怖くなり、スロットは卒業しました。)

脳汁という言葉は、そのインパクトも去ることながら汎用性が高いらしく、ギャンブルのみならず様々な興奮状態を示す時に使われています。
一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
その汎用性に甘えて日常生活で乱発していた僕は、あることに気が付きます。
「今を楽しむということは、脳汁を出すということに他ならないのではないか…?」

かつてソープランドは、「トルコ風呂」という名称で営業されていました。
初めは単なるマッサージをする個室の蒸し風呂でしたが、だんだんと性的サービスが施されるようになっていったそうです。
しかしある日、来日したトルコ人が日本人に嘲笑されるという出来事があり、その話を受けて改名に尽力したのが、現都知事の小池百合子氏です。
新たな名称が公募され、性的サービスの艶かしさを石鹸とその泡の様子で連想させる「ソープランド」という案が採用されました。
これは80年代中頃の話で、現在のグローバル化社会を鑑みれば、この改名がどれだけ意味のあるものだったかは明らかです。
今では「トルコ風呂」は死語とされており、若い世代では知らない方もたくさんいることでしょう。

つまりは、同じものでもネーミングひとつで印象が全く変わる、ということです。
ドラマ「アンナチュラル」の1話でも、そのような話題が出ていましたね(今更観始めました)。
僕は「今を楽しむ」という掴みどころのない概念を「脳汁を出す」と言い換えることで、その実態を少し捉えられたように思います。
脚本を書いていて、展開に煮詰まって投げ出しそうになる時。
脳内ではひたすらリールが回っています。
ある拍子に「これはいいかも…?」というアイデアが浮かんでくる。
ランプが光る。
無事次の展開まで話が進む。
脳汁が出る。
完成という「結果」をもって初めて得られると思っていた快感を、過程の中でつぶさに受け取る術を手に入れました。
結果としてその脚本の出来が悪かったとしても、その瞬間に脳汁が出たという事実は変わらない。
これこそ、「今を全力で楽しむ」ということに他ならないのです。

ファンキー加藤が実際にシャウトしていたかどうかは不明ですが、僕は彼を笑うことはできません。
それは、かつてトルコ人を嘲笑した日本人と同じになってしまうから。

(完)

【参考文献】

https://news.merumo.ne.jp/article/genre/5208493

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