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日本の問題:法令遵守の危うさ

法令遵守(コンプライアンス)に否定的なタイトル。これを参考書に、以下、メモを展開しますが、タイトルだけを見ると誤解されやすいです。著者が主張していることは次のようなものです。すべての法律は、原則上、社会的な要請の上に成り立っています。個人や企業は、法律に従うことを通して、社会に貢献しているはず。ところが、日本の場合はしばしば両者にズレが生じ、法令に従うよう仕向けられながら、社会の希望には合致していないことも多々あります。
※冒頭画像は、本文中にも示したライブドア事件の主人公・堀江氏です。AbemaTVの記事からの借用です。地上波が注目(報道)しないニュースや人物に焦点を当てる同局の存在は、とても「頼もしい」ですね。

たとえば、本書で挙げられている事例は、JR福知山線の脱線事故。107人が死亡した大惨事です。負傷者も500名を越えました。被害者家族が医療機関に肉親の安否を問い合わせた時、医療機関側は個人情報保護法を盾にこれを拒否しました。家族側が知りたかったのは、ただの安否です。また法令を熟知していれば、機関側もそれなりの伝え方があったはずです。ところが、社会の良心に照らした対応がなされることはありませんでした。法律の機械的な運用が、ありえない対応を生んだのです。

「違法」という名の、形式対応の顛末

次の事例。昔、耐震偽装という事件がありました。2005年から一年以上に渡って、大騒ぎになったのです。姉歯という建築士が20棟ものマンションの構造計算を偽り、そして「コスト圧力」を理由に、鉄筋の数を減らします。それらのマンションは、震度5の地震に見舞われれば、崩壊する可能性すら指摘されました。しかし、この問題の核心は、姉歯氏の行為を許した法の不備ではありません。本書曰く、「違法」建築だからと使用禁止にせざるをえなかったことです。一部のマンションには人が住み、また一部はすでに完成したばかりでした。これらの物件の扱いで、多くの人が翻弄されました。実は、日本には、姉歯氏の偽装した物件以外に、耐震性の低い(1981年以前に建築された)建物があります。それらは放置されたままです。また、実際の倒壊リスクというのは、地盤条件や施工品質にも影響を受けます。実際の実地評価が必要だったのではと思います。当の姉歯氏は、感覚が麻痺していたことでしよう。万一、阪神淡路相当の地震が起こった時、倒壊する家屋もかなりの数にのぼることから、自身が手掛けたマンションの偽装はバレるわけがない。そんな油断があったでしょう。それにしても、たかだか同氏ひとりの無責任な行為が、なぜ防げなかったのでしょうか。民間建築確認業者が見抜けず、低価格路線を主導した不動産業者も見て見ぬフリ、そして鉄筋量を実際に減らしていた施工業者、さらに低価格ホテル建設を指導した業者まで含めると、関係者がグルになっていたとしか思えませんでした。同事件後、建築士法の罰則強化、耐震基準の検査強化など法令遵守を徹底するよう「改善」されました。しかし、実態と乖離した法体系の見直しや建物の本当の安全を確保するシステムが作られることはありませんでした。

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検察が、経済活動にも介入し始めた

もうひとつの事例は、今でも一部の熱狂的なファンをもつ堀江貴文氏、愛称「ホリエモン」です。彼は、オン・ザ・エッヂを創業後、飛ぶ鳥を落とす勢いでIT業界に台頭し、2002年にはその社名をライブドアに変更しました。彼の天才的な発信力でたちまち「時の人」となり、2005年には同社の売上額が700億円を越えるまでになりました。当時の小泉自民党も彼をもてはやし、刺客推薦候補に選んでいます。また、規制緩和や民活路線のマスコット的役割も担いました。ところが、プロ野球球団やメディアを買収するとぶち上げ、社会の話題をさらった彼ですが、その本業が何なのか、誰もよく分からないままこのニュースをことさら取りあげました。体のいい宣伝手法を手にしたライブドアは、この頃すでに金融事業会社となっており、金融事業(M&A投資)を繰り返していました。「悪名は無名に勝る」、まさにその言葉を地で行く手法で時代の寵児となり、その知名度は交渉上でも有利に働いたはずです。ロイヤル信販、グローバル証券、バリュークリック、セシール、弥生などが次々と買収され、「ライブドア」を冠した社名に変わりました。それぞれの会社が時代を変えるという衣をまとい出したのです。残された肝は、資金調達です。堀江氏みずからメディアに露出したり本を出版したり、驚きの情報発信をしながら、株式分割という小細工を繰り返し、見かけ上の自己資金を膨らませました。その時価総額をテコに、さらなる資金を誘引し、有力買収を手掛ける。そんなホリエモン式錬金術は、二つの罪を犯していました。一つは、「偽計・風説の流布」。株価を上げるために根拠のない情報を流したり、不公正な手段を用いたりすること。もう一つは「粉飾決算」。自社投資組合の自社株売却益(37億円)を利益に計上していたこと。総じて言えば、高速道路の路肩を飛ばしまくるようなやり方です。社会の非難が徐々に持ち上がる中、検察は正義の御旗を掲げました。国民になり代わり、悪者に鉄槌を下す、と。本来なら、いずれも罪状の軽い罪のはずでしたが、検察は大掛かりな劇場型捜査を行い、ライブドアを潰しにかかりました。買収されかけたメディア側が仕返しとばかりに報道協力をしたのは言うまでもありません。

この問題で、上掲書の著者が言いたかったのは、これら不正行為をわざわざ劇場的捜査で、血祭りに挙げなくても良かったのではないか、と。なぜなら、彼らの行為は、専門家の間で早くから警鐘を鳴らされていたからです。軽微な罪状であればなおさら早期に指導することができたはずです。たとえ、法令条文的には「グレー」であっても、包括規定を含めた法を柔軟運用していれば、監督官庁は対処できた、とのこと。それが法治国家の本質的対処法であるにも関わらず、法令そのものに固執する官庁は最後までそれをためらいました。堀江氏が小泉政権に近かったこと関係したのでしょうか。あるいは、「グレー」は白でもあって、監督側の都合に合わせて黒にすればいいと考えていたのかもしれません。結局最後は、検察が動き、「不正を許さない」という錦の御旗を掲げ、経済的事件への派手な介入をしました。上場会社トップの突然の逮捕です。これにより、ライブドアの株価は急落。何も知らされていない投資家は大損しました。それにとどまらず、景気回復途上にあった日本の株価は冷水を浴びせられ、ベンチャーブームもここに消失。日本経済は検察の「正義」の代償を受けることになります。もちろん、同社の従業員も被害者です。法令の一字一句にこだわる日本のやり方は、結果的に(検察の)恣意的な法運用を許してしまいます。当時のことについては、堀江氏みずからが何度もテレビで振り返っています(Abema TV参照)

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行政側が恣意的に運用できてしまう法律実態

法律が実態に合わないまま放置されている。このことを具体的な事例にたとえると、原付バイクの速度制限30キロ問題です。事実上、多くの利用者がこの速度を越えて走っていますし、実際に逮捕されていません。ところが、警察のさじ加減ひとつで、検挙できてしまいます。もっと言えば、昨今話題の「香港国家安全維持法」。条文をそのまま読めば、外国人や外国にいる人々も逮捕できてしまうトンデモ法律ですが、日本にもこの類の法律が少なくありません。ところが日本の識者は、自国のことは棚に上げ、中国批判のみを繰り返します。たとえば、改正著作権法によって、すべての著作物のダウンロードが違法となります(2021年1月1日より施行)。「相応の配慮」(対象外)を設定してあるとは言え、これを知らない一般のユーザーはいつでも逮捕されてしまいます。とりあえずこの日本では、そこまでしないだろうという暗黙の了解が成り立っていると思いますが、検察に狙われている人物は、同法を利用した別件逮捕もありえると思った方がいいでしょう。

著作権の話で言えば、本来、社会の要請に配慮した包括的な運用もできるはずですが、日本ではまだそうなっていません。たとえば「フェアユース」がこれに当たります。アメリカ合衆国の著作権法はこれを広く認めており、公正利用の実例を裁判で積み上げながら、法の濫用が起きないようにしています。ちなみに、公正の4つの指針が示されており、
1)利用の目的と性格(利用が営利性を有するか、非営利の教育目的かという点も含む)
2)著作権のある著作物の性質
3)著作物全体との関係における利用された部分の量及び重要性
4)著作物の潜在的利用又は価値に対する利用の及ぼす影響
実態に沿った運用ができるようになっています。法令条文主義である日本では警察が恣意的に解釈・運用できるのですが、司法の発達するアメリカでは、これを包括運用で強く牽制しています

そろそろまとめに入りますが、日本の法令遵守とは、法令の過度な条文主義と、規制当局の恣意的運用がなくならない限り、非常に危うい状態です。検察悪玉論としても指摘されていますが、誰もがいつでも逮捕されたり、経済活動が萎縮したりする原因になります。法律の根拠がない行政指導に頼ったのが昭和の時代ですが、令和の時代には、法令遵守という金科玉条が、行政側のあらたな武器になりえてしまいます。僕個人は、日本の監督官庁がそこまで悪だと思いませんが、法に基づかない、あるいは恣意的な措置が起こり得ることを、このコロナ禍で僕たちは目撃しました。本書は10年以上も前の書ですが、日本に置かれている状態はまったく変わっていないことを痛感させられてしまいます。下記は、そのコンプラインスについて書いた先日書いたメモです。よろしかったらそちらもどうぞ。



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