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僕らのホームグラウンドは、絶対に畑なんです|久松達央さん

FRESH CHEESE Delivery(オンラインショップ)や& CHEESE STANDで取り扱っているプロダクトの生産者をインスタライブにお招きしプロダクトにこめた想いを語ってもらう「&なCraftsmanとProducts」を2020年9月から毎週配信していました。第8回で最終回のゲストは、茨城県土浦市で有機農業をしている「久松農園」の久松達央さんです。CHEESE STANDでは久松さんのトマトを使ったカプレーゼが季節の定番メニューになっています。歯に衣着せぬ物言いのリアリストという印象が強い久松さんですが、じつはとても愛情にあふれる方です。チーズと野菜作り、ジャンルは異なりますが、クラフトマンの先輩にCHEESE STAND 代表の藤川真至がものづくりに大切なことを聞きました。(インスタライブ配信日:2020年10月30日)

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夏には夏の、冬には冬の野菜を育てる
やっていることは地味なことばかり

――去年の「FOODIT TOKYO」(2019年9月に六本木で開催)以来ですかね。ご無沙汰してます。(藤川、以下同)

そうだね、最近はお会いできてないですよね。最初に藤川さんと会ったのはいつだろう?

――久松さんに初めての本『キレイゴトぬきの農業論』(2013年、新潮新書)を出されたころに開かれたセミナーだったと思います。もう7年以上も前のことです。

まずは、久松農園の紹介からお願いできますでしょうか!

茨城県の南の方にある土浦市というところで有機農業をしております。実家は農家じゃないんですけど、脱サラして29歳の時に独立して、それからもう20年以上農業をやっています。いろんな種類の野菜を年間で100種類ぐらい作って、それを個人のお客さんや飲食店さんに直接販売するというスタイルの農業をやっております。

ウチは、ビニールハウスがちっちゃいのがちょっとあるだけで、あとは全部外でやってるんですね。外で栽培することを露地栽培っていいます。

なので冬は寒さに直接当たりますし、夏は夏で、強い日差しに直接当たります。そうなるとその季節のものしか作れなくなり、季節ごとにどんどん野菜が入れ替わっていくので、年間100種類の野菜を作ることになるんです。

基本的には、僕自身が食べたいものを作ってそれをお裾分けするという感覚でやっているので、私と私の家族、それからウチの従業員とその家族たちは、ほぼ自分たちで作った野菜だけを食べて生活しています。

半径1㎞くらいの範囲内に10カ所ぐらいの畑があって、あわせると5ha くらいになります。色々な種類の野菜を同時に作りますので「巨大な家庭菜園」って自分では言っています。

なので、栽培効率という点では、全然よくないんですけれども、同時にいろいろな種類の野菜が畑にあるので、ひじょうに(色合いが)きれいな畑だなと自分では思っています。

――久松さんの野菜は、すごく味が強いですよね。とくに冬野菜の味が強い。

僕は完全に、僕の好みに寄せてものを作っていて、もちろん売ることをまったく考えないわけじゃなけど、自分の好みが合う人しか多分、お客さんにならないんじゃないかと思うんです。

味の深い野菜が、個人的に好きなので、たとえば喉ごしがよくてさっぱりと変わったものを作る気は、まったくなく、ごくごくスタンダードなものだけを作りたいんです。普段のご家庭で料理をするときに、小松菜がすごくおいしいってことが、とても大事だなと思っているので。やってること自体は、とても地味なことばかりなんですよ。

食べやすいよりは、割としっかりした、食感とか味に深みがあるようなものを目指したいと思っているからですね。なので、さらっとサラダで食べたいみたいな方には、ちょっととっつきにくいかもしれないと、自分では思っています。

たとえば、甘いトマトとうま味が強いトマトがあったら、僕は圧倒的にうま味が強いトマトが好きなんですね。料理に使えて、なんなら味噌汁に入れてもおいしいみたいなトマトが好き。だから酸味とかうま味がするような品種しか選ばないわけです。

新しいものもどんどん試していて、毎回、採れたものを食べてみたりしながら自分の好みを確認して行くみたいなところは、揺るがないですね。

きれいに同じタイミングで芽が出揃うと気持ちがいい

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――多い時で、どれくらいの野菜を同時に栽培されるんでしょうか。

30種類ぐらいかな。それこそ今(10月末)は、30種類くらいありますね。秋冬野菜の種まき、植え付けがちょうど終わる時期なんです。これから来年の3月まで出荷するものたちなので、今が種類としては一番多い。

――そうすると、これから忙しいくなりますね。

実は、そうでもないんですよ。僕らがやっている有機栽培で一番労力がかかるものの一つが草取りなんです。それがこの先はなくなってくるので楽になります。それに比べて7月から9月は、毎日採れる夏野菜を収穫しながら、秋冬の準備をし、さらに草取りをするのでとっても忙しいですね。僕ら農業は、ピークが夏に来るタイプなのです。

――夏はすごい早起きされているんですよね。

梅雨明けの40日ぐらいだけだけど、朝5時スタート、午前10時までやって、午後は2時から5時っていうシフトになっています。

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この写真は、6月にジャガイモを掘りあげているときですね。ジャガイモは珍しく貯蔵できる野菜なので、僕はとっても好きなんだけど、暑くなっていく時期に向かって栽培するので、スタッフの評判が比較的悪いですよね(笑)。

すぐ出さなきゃいけない品種と貯蔵できる品種があって、全部で5種類ぐらい育てているで、季節に合わせて翌年の3月まで出荷します。今年(2020年)は梅雨が長かったでしょう。だから梅雨の間に掘り上げられたので、ウチの条件はよかったですね。

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トマトは、雨の中で育てると病気になっちゃうんです。だから、簡単にいうとトマトって日本の気候に向いてないんです。なのでビニールハウスの中で最小限の水をあげながら育てています。じつは、有機でやるのは難しいんですよ。

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この写真は、ニンジンですね。葉っぱが揃っていますでしょ。これは同じ深さに種を落として、同時に発芽するようにして揃いよくしているんです。これがうまくいくと、ものづくりは半分成功ですね。

――きれいに揃えるというのにもこだわられてやられてるんですね。

そういうところが好きですね。準備をきちっとしてやるってのは好きなんだと思います。種まきは、手ではここまで均等にすることはできないので、道具を使ってやっています。

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この写真がニンジンの発芽したところで、7㎝の等間隔でも蒔いているんです。こうやってきれい芽が出るとすごく気持ちいいんですね。

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ヒマワリは、野菜と野菜の間に育てていて、これを粉砕して鋤込んでその土の中の微生物を増やすんです。英語で「Green manure(グリーンマニュア)」っていって「緑の堆肥」という意味でよく日本でも知られています。ヒマワリは、もちろん見てきれいなのはあるんですけども、それを土の肥やしにするためにも栽培しています。

――野菜作りって改善がすごく大変だなと思うんです。1年後とかまで試したりできないですからね。

農業は、1個1個の作業はすごく難しいとは思わないんです。ちゃんとロジカルにやっていけば、誰でもできると思うけど、藤川さんがおっしゃる通りで、PDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善のサイクル)がまわるのが以上に遅い。そこは、一般の人から見ると根気がいる仕事になるなんじゃないかなとは思います。

ですので、新しいものを始める前に、やっぱりテスト的にやりますよね。試しにやってみて良かったら翌年広げるサイクルなので、藤川さんのようにどんどん試していけるのは、うらましいですよ。

――Facebookでは、天気のグラフとかをアップされてますよね。ああいった気象データの取り方って、どういったことを参考にされてるんですか? 参考にされている他の農家さんも多いと思うんです。

気象データの取り方って、僕なんかよりマニアックな方はいっぱいいるんですよ。今は、いろいろなツールがありますからね。とくに施設野菜(ハウス栽培)をやってる人のなかにはたくさんいると思います。

そういったなかで、僕はどちらかというと、人間の体感ってものすごくいい加減だな、と思っているから気象データをとっていることがあります。というのも、動物は「体温調整」ができますよね。体内にスタビライザー機能をもってしまっているので、割と変化に対して鈍感というか、強いんです。

それに対して、植物は変化に対して敏感なので、自分が寒いなっていう体感に寄せすぎると、やっぱり見誤るんです。そこでちゃんと取り出せるデータと自分の体感みたいなものを両方見ながらやっていかないと植物と会話ができない。天性の百姓みたいな人だったら別ですが。それならどうしたらいいか、と差し迫った事情で仕方なくデータを見ているというのが本当のところです。

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同じ美しいものを見ませんか
という気持ちでSNSをしている

――書籍も出されて、以前からブログもされ、最近ではnoteも始められました。久松さんにとって「発信する」ってどういう意味をもってるのでしょうか。

いろいろ見てくれてありがとうございます。ただね、戦略を持ってやることは、じつはほとんどないんです。

僕は、2000年代前半ぐらいからブログを書いたりとかしてたんですけど、それはどちらかというと同業者の仲間に向けてやっていたものなんです。最初は一人で孤独だったので、コミュニケーションとして独白的にやり始めたものなんです。

それから SNS の時代になって、フィードバックが速いから、おもしろいなとは思ってますけども、相手に対してどういう効果を持つかっていうことにそんなに関心がないし、それは、むしろ鈍感でいたいと思っています。

発信という言葉も後から知った言葉。Facebookも早くからやってる方だと思うけど、「発信しなさい」っていわれてビジネスとしてやるみたいなことは、僕はあんま好きじゃない。だから今も、基本は独白で、もうちょっと汚い言葉でいったら「脱糞」とか「排泄」ということなんじゃないかな。

――久松さんのSNSを見ていると次の世代に向けて話しているように感じます。そういった意識はありますか?

アジテーションしたいわけではないんだけど、やっぱり若手とかキャリアが浅い人たちに対して、何か良きメッセージを送って頑張ってほしいなっていう気持ちはすごく持っていますね。

あとは、僕の好きな農家の仲間とか、藤川さんのような異業種の人でも話して楽しい人との議論が僕はものすごく好きで、議論ができる仲間が増えることに意味があると思うので、そういう意味では「同じ美しいものを見ませんか」という気持ちもあるかもしれないですね。

――今日も産直についてFacebookに書いていらっしゃいましたね。

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産直野菜というのは、それまでの流通に対するカウンターとして出てきたもので、既存の流通を補うというミッションを持っていると思っています。ここ40年くらいのことですが、産直野菜によっていろいろなものが育ったし、それはメインストリームの流通にも大きくフィードバックされて取り入れられてきたっていう歴史があると思うんです。

今でいうBtoCとかDtoCというような、畑から直接最終顧客に対して物を送る形っていうのは、オルタナティブなものだったわけですが、それに対して今は、それをメインストリームに引き出そうとするようなプラットフォームがどんどん出ていると感じています。

でもそれだと、本来のオルタナティブな部分が薄まっていきますよね。藤川さんも、かなりパンキッシュな人だと思うんです。それは、音楽性をいってるんじゃないんですよ(笑)。僕のなかにも。メインストリームに行きたくないっていう強い想いあってやっているわけで、それが何かこうプラットフォームといわれるものに乗せられてしまうと、大事なところが死ぬみたいなところはやっぱりあるわけです。

プラットフォームに乗ったとしても、熱い想いをもっておもしろい野菜を作っている人たちもいるので、そのこと自体は本当に評価されるべきだと思うし、プラットフォーム自体も素晴らしい試みなんです。このこと自体はまったく疑いもないし、むしろ応援してる。

だからこそ「吸い取られるなよ」というメッセージは、若い人に対してすごく持ってて。そこにやすやすと乗るっていうのはどうなのよっていうのはもっと考えてほしいなと思うんです。

――プラットホームを使うことで農家の負担とかも増えるのかなと思っていて、それってどうなんだろうという気持ちもあります。

僕は、普及は陳腐化だと思ってる。その陳腐化のちゃぶ台に乗るなよみたいのはあるかな。普及すると選び倒されるじゃないですか。

野菜は畑で食べるのが圧倒的においしい

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――地元の小学生などに畑にきてもらう取り組みもされていますね。

食育」って言葉が好きってことは全然ないけれども、子どもたちに畑に来てもらうのは、正直面倒なことはあるんですけど、反応がダイレクトなので割と楽しいからやっています。

小学生2、3年生なんかは、興味ないとまったく興味持たないんですよ。でも、子どもたちが集中力を失わない程度のネタはもう畑のどこを切り取ってもあるし、「トラクターに乗せてあげようか」というと「わーい」となるのが楽しい。保育園児はもっとおもしろいですよ。でも、そんなに深い意味を持ってやってるわけじゃないんですよ。

――畑のなかでレストランをやられてますよね。あれも本当に素敵だなぁと思っています。

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やっぱりね、野菜は畑で食べるのが圧倒的においしい。畑が100点なんです。土から抜いた瞬間のニンジンの香りとか、採った瞬間の小松菜の味とかって、常連のお客さんですら知らないんです。そいううことは、もうほとんどの消費者は知らない。

それは、僕が大事にしているものについてこうやって一生懸命に喋ったり、本書いたりするよりも完全に伝わっちゃう。もう「こんなに伝わるんだ」って思いが強烈にあって。そのことを自分とお客さん、そしてウチのスタッフという何十人のテーブルで同時に体験できる。僕らのホームグラウンドは、絶対に畑なんです。それが確認できるんですよね。

それは、一緒に行ってくれる仲間がいるからできること。それは、僕にはできない。僕はコンセプトを考えるだけなので、それを形に出来る人たちがいるっていうのは、本当に素晴らしいですね。

――チーズも出来たてを食べてもらえると、やっぱり伝わることが多いので、一緒ですよね。

クラフトマンシップと職人性をどう両立するか

しかし、渋谷のど真ん中でフレッシュチーを作るなんて、だいぶ過激だよね。

僕からも藤川さんに質問したいんだけどいい?

――もちろんです。

クラフトマンシップと職人性みたいなものを両方持つというのは、すごく難しいなと思っているんですね。クラフトマンシップは持っていたいって思うんだけど、行程が決まっていて、それをなぞるっていうことだけでもモノは出来ちゃったりすることもあるから。

つまり、いかに早くやるかだけを考えるようになると、アーティストとかクリエイティビティといわれるものから、ちょっと遠ざかる瞬間があるんじゃないかなって最近よく考えているんです。

僕らも野菜だけを作っているとラジオを聴きながらずっと収穫してるみたいな感じになる。ラジオを聞きながら収穫する時間も楽しいんだけど、それはクラフトマンシップといわれるものと近いのか遠いのかと考えてしまうんです。

反復作業のことを考えながら体を動かしているのか、作業とは違うことに7割りの頭を使って、残りの3割で体を動かしてんのかとかっていうので、僕らにとっての膨大な時間の過ごし方が変わってくる。それが、その人の人生にすごく影響する気がするので、藤川さんはどんなことを考えてるんだろうって思うんです。

――チーズ作りもやっぱり作業ってのがすごく多くて。工房にいる8、9時間くらいの半分は洗い物やってるような感じです。ほかにも、袋を広げて出荷作業をしたり。それをしながら、毎日のコアなところはすごく考えます。「なんでこうなったんだろう」とか「今日これやったらこうなったから明日ちょっと温度変えてみよう」「pHかえてみよう」「ちょっとホエイを抜く量を考えてみよう」と毎日深堀りはしてますよね。その時間が楽しいとかクラフトマンとしての楽しい時間なのかなとは思ってます。

たしかに「効率化をもとめているレイヤー」と「愛でているレイヤー」が脳のなかでグルグルする時間は、僕も割と幸せですよ。もう、その時間が楽しくてこの仕事をしているかもね。それはずっと飽きない。発見があるし失敗しても次どうしようって思ってる時間が楽しいですよね。

――あとは、言語化するというか、ちゃんと下の子に教えるとか下の子が失敗した時に僕はこう言語化するとか、そういうのもなんか僕は楽しいなと思ってます。

それは、うまくいけば一緒に楽しめる仲間が増えるわけですからね。ウチもやっぱり20代の若い子が入ってきて、3年したら仲間になって出ていくわけです。それはすごいことだなって思う。そのその瞬間が訪れたら、僕から電話できるんです。今年のトマトどう?みたいな。それはもう無常の喜びです。

――短い時間でしたが、久松さんとゆっくりお話しできてよかったです。

こちらこそ、お声がかかったと思って、素直に嬉しかったです。僕から藤川さんにでも聞きたいことがいっぱいあるから、今度別の場を僕が設定するんでインタビューする会をやらせてください。意地悪な質問のボールを投げる自信があります(笑)。

――ぜひよろしく願いいたします。ありがとうございました!

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CHEESE STAND SHIBUYAでは、不定期ですが久松農園さんの野菜を使ったメニューを提供しています!

文・構成=江六前一郎

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全8回の「&なCraftsmanとProducts」は、今回で最終回です。すべての記事をまとめたマガジンで他の記事も読んでみてください!


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