月迄

月まで歩いていこうと思った。それはただ唐突な思いつきだった。あえて理由を付けるとするならば、重力を背に感じながら正面からそれと相対しているうち、私はそれがとてもじゃないが光っているようには見えないと思ってしまった、とでも言おうかと思う。
私は砂浜に預けていた体重を取り返し、重力に抗し真直ぐに立ち、目をその付いた顔ごと直線の延長方向へ向けた。頭が惑わされた様に眩んだ。
そしてそれを見上げ、脚を30cmそれに近づけた。空気は私を支えるだろうと思っていた。
だが空気は私に張り合おうとはせず、ただ軽やかに漂うだけだった。
私はそのことに地団駄を踏んだ。砂を蹴飛ばした。悪態を吐きながら辺りをうろつきさえもした。それはふははと笑った。私は笑われた。
すると、そこには砂の塔が出来ていた。足が知らず作った宙への梯子だった。私は塔に足をかけて登った。私が進み続ける間、浮かぶそれは真顔を演じていた。
私はただそれへの道を登り続けたが、風の遠巻きにする声が聞こえるとふいに場違いな心持ちがし、継ぐ歩を止めた。するとそこで道は終わっており、そこには裏切る瞬間をさも迷惑げに待ち望む空気だけが漂っていた。
足を支える海の砂が尽きたのだ。これ以上体を支える材料を調達することはできなかった。歩いてきた方向へふり返って見るとただ寒そうに揺れる海と波だけが眼下に見えた。
私は途方に暮れて顔を上げた。それを見た。瞬間それの目と、目が合った。それの目は私の目だった。
それは空で光っていたが、それが光っていたわけではなかった。それの光は眼下で時と共に揺れている波と同じ光を衒っていた。
黒く輝き白く揺れるそれを頭上に認めたとき、私はそれがただの反射鏡であることを知った。見上げると上にはまた塔があり、海を支えていた。
私は本当の光を探した。世界は乱反射だった。向かい合い閉じた地天地を光を乗せた粒子だけがからりと傾く世界だった。粒子は生まれもせず、また消えることもなかった。
空で何かが強く瞬いたような気がした。海の底が光っていた。私は天のそれに手を伸ばし、腕のそれに近づける代償に体はひんやりと地の中に潜むそれへと落ちて行った。落ち合う世界は鏡の中で手を取った。
私は私の海へと落ちた。砂の塔しかない世界には波と海と、光があった。私は光を手に入れた。また遠くなった宙でそれが光った。
それは語りかけなかった。ただ、曖昧な顔を浮かべたまま、鏡は砂となり、落ちてきた。とろり零れる砂は海に淡く照らされシロップのようで、ここに新たな砂塔ができた。
私は甘くうんざりと、それを受け入れた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?