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高野秀行「語学の天才まで1億光年」感想

語学をマスターするとは?

語学をマスターするとはどういうことだろう?

その言語を母語とする者と不自由なく話せたり、ビジネス取引ができることだろうか?個人的にそれは違うと思っている。だが、語学が堪能と聞くと、我々は高級ホテルかどこかでビシッとスーツを決めている人が、英語はもちろん、フランス語やらを咄嗟に使い分け、時として気の利いたジョークで場を沸かせるイメージしがちだ。

日本の英語教育がそのイメージを植え付けているのかもしれない。英語の授業で、ネイティブっぽい話し方をすればクラスメイトから笑われ、かといって間違った話し方をしても笑われる。嘲笑の渦の中で、英語に取り憑かれたものだけが、気がつけば流暢に話せるようになり、話せないものはコンプレックスから嘲笑したり、生活から英語を遠ざけたりするのではないだろうか?

ただ、語学は自分を未知の世界へ連れていく魔法である。その魔法を使った時、たとえ拙くとも見える世界がある。自分は正直、内気な性格ゆえコミュニケーションが苦手である。なので外国語を使って話すことはできない。

語学は異界の扉を開けるツールだ!

しかし、好きな映画のためなら手段を選ばない。実際に、毎日英語字幕で北マケドニアやらコートジボワールの映画を観ている。アフリカの映画を調べるためにフランス語の文献を読むこともある。観たい昔のロシア映画を入手するため、キリル文字を解読することもある。思い返せば、卒業論文でデンマークのポルノ映画について書くため、現地の論文集を輸入し翻訳しながら、70年代のデンマークに個室ビデオたるものが存在していたことを突き止めた。

目的があれば、語学はそこへ導いてくれるのである。

赤裸々に語られる言語のつまみ食い

さて、自分の好きな作家に高野秀行さんがいる。彼はソマリランドに潜入したり、ナイジェリアで納豆を探したりとユニークな冒険紀をたくさん執筆されており、毎回映画を観る間も惜しんで世界に没入してしまう。そんな彼が、どのように言葉を覚えて冒険していったのかを書いた本「語学の天才まで1億光年」が発売された。25ヶ国語以上学んだとあるが、彼自身、語学の天才ではないと語る。25ヶ国語学んだとなると、語学テクニック的なものを披露する、または我々が到底実践できないような天才の所作に触れることを想像するだろう。

しかし、本書では「自分がどうありたいか」を悩みながら語学に齧り付く高野さん像が赤裸々に語られており、親近感が湧くものとなっている。

例えば、コンゴにいる怪獣をムベンベを見たいという衝動に駆られた彼は、フランス語を学ぼうとする。当時はインターネットもない時代。足で動いて、ヒントや道具を集めなければならない。京王線の車内で、フランス人に声を掛ける。そのまま、彼女をフランス語の講師にしてしまうのだ。雑談をテープに録り、それを分析することでフランス語を習得していった。

彼は生の言葉に触れることで、生の外国に触れられると信じており、コンゴでは積極的にアフリカ広域で普及しているリンガラ語を話す。時には警察に連行され厄介ごとに巻き込まれることもあれども、着実にムベンベに近づく。

アイデンティティ・クライシスとの闘い

飽き性な彼は次から次へと語学に手を出す。その中で生まれる葛藤が、20〜30代のアイデンティティ・クライシスと悪魔合体してメンタル的に追い込まれたことも語られる。何者かになりたくて、誰も知らない言語に手を出していくが、その中でもやがて現実の影がちらつく。日本にいる同級生はとっくのとうに卒業し、中堅社員になっていたり家庭を持っていたりする。自分は何をしているのだろうと。まさしくジャック・ケルアック「オン・ザ・ロード」の世界が日本人の言葉で生々しく語られている。でも陰鬱とはならず、カラッと軽妙に書いてみせるところが高野さんの文章の魅力ともいえよう。

本書を読んでいると、幾つも衝撃的なエピソードが飛び出してくるのだが、一番驚かされたのは、コンゴ編である。先日、私はコンゴ民主共和国在住者の方とスペースで公開対談を行った。その時に、コンゴ共和国とコンゴ民主共和国との違いやコンゴ・ルンバについて質問した。それらに対する深い回答がここでも得られたのである。特に、コンゴ・ルンバの父であるパパ・ウェンバが日本でコンサートを行い、その時に買ったウェストバッグを「ムシャシノ」と母国で言ったことから、コンゴではウェストバッグ=ムシャシノとして広まっている話は興味深かった。

また、彼が卒論で翻訳したコンゴ共和国の小説「Le Feu des origines」の作者であるエマニュエル・ドンガラは調べたら『ジョニー・マッド・ドッグ』の原作者であることも知って興味が沸いた。フランス語は少し読めるので、今度手に入れようかと思った。

高野さんが語るように語学はRPGのようなもので、ある目的のために攻略したり覚えたりするものである。『MOTHER2』においてタコケシマシンを入手して、タコのオブジェを消すと新しいフィールドへ行けるように、語学も未知へ連れていってくれる。

語学や海外に興味ある方にオススメな本でありました。

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