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大学の教育者として考える小学校英語教育

1. 英語と教育についての思い

日本で生活をしている場合,日常生活で英語が出来ないと困るという場面はほとんど見当たりません.電車やバスなどの公共交通機関を使えば,外国人観光客向けの英語のアナウンスが耳に入ってきますが,日常生活で英語を聴くことはほとんどないのが実情ではないでしょうか.

少し本題から話が反れますが、私はこのような公共交通機関の英語のアナウンスに少し関心を持っています。正確に何年前とは記憶にないですが,日本を訪問する外国人を観光地や町中で多く見かけるようになった後で,電車やバスの英語のアナウンス(空港は除きます)は,少なくとも20年前のアナウンスより案内文やイントネーションがより洗練されたものに進化したことが興味深いです.このようなアナウンスの変化からも,日本人の英語に対する意識というのは少しずつ変化があるのではないかと感じます.

私自身も子供頃はそうでしたが,英語は国語や社会などの単なる教科の1つという認識しかなかったと思います.中高生のときは,洋楽ばかり聴いていて,英語の歌詞から英熟語を覚えることはありましたので,音楽から英語を学んだことはあると言えますが,学校の授業から英語を学んだ記憶はほとんどありません(笑).

私は普段,大学で数学の授業などを教えていますが,英語の文献を読んだり書いたり,国際学会で英語でプレゼンしたりと,私自身,英語力をもっと磨かなければいけない環境にあります.だから,英語が必要であるとは私は言いません.しかし,どのような立場であっても,英語ができるようになれば,各人で得られる情報が増えることは間違いないでしょう

人と英会話でコミュニケーションをする機会がなくても,英語の文献を読むことは簡単にできるでしょう.今の時代なら,YouTubeなどの動画コンテンツを視聴することもできます.翻訳の機能を使えば英語を知らなくても意図は掴むことはできるでしょう.それでも,英語を知ることで,より深い情報を得ることができるでしょう

現状,多くの人にとって「英語は勉強させられるもの」になってしまっているのではないかと思います.しかし,心のどこかで,「英語ができるようになったら・・・」と思っている人は多いのではないでしょうか?特に,海外旅行の後で日本に帰ってきたときなど.

学校で勉強している人もそうでない人も,時と場合によっては,英語を勉強したい気分になるときもあるでしょう.学校の教育現場では,決まった時間に一斉に学ばせることが良いことだと思っている人もいますし,そうするしかないと考えている人もいますし,もちろんそうでない人もいます.
どのような場面でも,学びたいときに学べるような環境を作れる一つの手段としてIT技術があると私は考えています

2020年度からは,小学校でも英語教育が必修化されることになりました.これについても賛否両論があることは承知しておりますが,学ぶという言葉と自由という言葉は大切にしたいと思います.教育の思想については様々なものが存在しますし,それも自由であると思います.しかし,それによって子供たちが得られる情報に差異ができることは非常に残念であると言わざるを得ません.ITが発達した現代では,このような格差とも言える差異は少しは解消されるのかもしれませんが,子供たちがITのインフラを自分たちで用意することはできませんから,私たちのような人間がそのような機会を与えられるようなきっかけ作りをすることは微力ながらも,とても大切なことだと思っています.

2. チャーピーとの出会い  

私は数理的な観点から情報分野の研究もしています.具体的には,様々な情報を処理するために,数学を手段の1つとして活用するということをしています.とても分かりにくいですね(笑).このような活動をしているときにチャーピーと出会うきっかけがありました.

人には「知りたいという欲求」,「教えたいという欲求」があるとして,この2つの欲求がちょうど良く交じり合う事象が起こる確率はどれくらいでしょうか?

ITを活用した「いつでもどこでも」をキーワードとする教育コンテンツをどのように実現できるかということを教育者としても研究者としても常日頃から考えている私にとって,チャーピーとの出会いはとても良いきっかけになりました

チャーピーの頭脳を作るAIの開発も関心の1つではありますが,チャーピーと出会ったことによって,学習者にインパクトを与える教育コンテンツの作り方を考える機会もでき,とても良い意味で想定外な発見もありました

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3. 「想定外」から得られるもの

先ほど,想定外という言葉を使いましたが,ロボットというキーワードと出会ったときの先入観について考えてみたいと思います.

ここ数年で,街中でもコミュニケーションロボットに触れ合う,もしくは触れ合った機会が少なからずあったのではないでしょうか.ロボットは勝手にしゃべりだし,人の話はほとんど認識せず,無関係な言動を繰り返す.大抵の場合はこのような印象で終わってしまうと思います.

街中に設置されているロボットを眺めていると,子供たちの多くはロボット本体に興味関心をもっていて,コミュニケーションをとることに重きを置いていないことが多いのではないでしょうか

発想というものは「想定外」から生まれるのではないかと,私は自分自身の経験と照らし合わせ,そう考えることがあります.

チャーピーは単なるコミュニケーションロボットではなく,きちんとした英語を教えてくれるロボットです.ネイティブが発音を聴いても,しっかりした英語と認識できる発音力があります

もちろん,チャーピーにも不完全なところはたくさんあるでしょう.しかし,子供たちはもちろん,大人であっても,チャーピーと接することで得られる「想定外」はたくさんあることでしょう

人間は五感を通して様々な情報を取得します.特に,子供たちは色々な情報を,日常生活を通しながら吸収していることでしょう.チャーピーは,いつでもどこでも英語を学習できる教育コンテンツの1つであり,コミュニケーションロボットであり,人形でもあると言えます

チャーピーは英語を教えてくれるプライベートな先生なのですが, チャーピーを構成する新しいIT技術に接することもでき,それ以外にも想定外の発見があるかもしれません

チャーピーと触れ合うことで,子供たちは様々な情報を得ることができるのではないかと考えます.過去50年とは全く異なる未来の50年が子供達にはあることでしょう.そのような変化にも負けない未来の人材育成に,私はこれからも貢献していきたいと思います.

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