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傲慢だった自分が引き寄せた出来事から学んだこと

変なことが起きる時は自分が乱れているとき。
起きたことを思うより、自分の気持ちに向き合うことが大切。

みなさまご機嫌よう。
Charites Accessories-カリテス-です。

スパンコールとビーズをオーガンジーやチュールに刺繍して、透け感の美しいアクセサリーを作っています。

未熟だった私の恥ずかしい経験
私はアクセサリー作家の他に、編みものの先生をやっています。
むしろ編みものの先生のほうのキャリアの方が長くて、もう13年くらいになります。
私のレッスンは大勢でやるグループレッスンではなくプライベートレッスンですので、ニーズに合致する方が多く、比較的最初から順調にやってきました。
毎年、生徒様の数も売り上げも前年を上回っていましたし、スケジュールも忙しくて充実した日々をすごしていました。

編みものレッスンは楽しくて、もともと人と関わってコミュニケーションを取るのが好きでしたから、自分の得意を生かしてできる編みものの先生は天職だと思っていました。 これは今も変わらず思っています。
 
しかしながらだんだん忙しくなると、最初は気を配っていたことがおざなりになったり、自分の都合を当然のように押し付けたりすることが多くなった気がします。
これはいま思い返すだけで恥ずかしく、未熟だったと思います。

時間の余裕がなくなると、最初に大切にしてきた心遣いなどが前ほど出来なくなっていました。
その時は気がつかなかったのですが、今思えばそうでした。
それでもまだスケジュールはいっぱいだったし、売り上げも落ちていなかったので小さなほころびに気が付かずにいました。

おかしなことが起きる

何年かして、ふと気がついたら前年と比べて売り上げやスケジュールが減ったことに気がついたのです。
本当はもっと早くに自分のことを客観的に見つめて、小さなほころびに気が付かなければならなかったのです。
でもその時の私は、ずっと上手くいくと思っていたし、問題なんかないと思っていました。
すごく傲慢だったのです。

売り上げが少し落ちたのに気がついたシーズンは本当に今思い出しても「なにが起こったの?!」と思うくらいに変なことがおきました。

私のレッスンは、新規のお問い合わせがあって、スケジュールをすり合わせて予約を確定してレッスンを実施する流れなのですが、レッスン当日の無断キャンセルというか、要するにすっぽかしが月に何件も起きました。
自慢ではありませんが、その時まで数年間は一度も予約のすっぽかしなんて経験がありませんでした。

当然腹が立ちました。
忙しいのになんてことをしてくれるんだ!って。
他の生徒様とのスケジュールを調整してせっかく時間を作ったのにふざけんな!って。
こんな迷惑行為をする人はお客様ではない!
私は嫌がらせ行為を立て続けに受けている被害者なんだと苛立ち、心が乱れてしまいました。
そして、あるSNSで荒れた発言をしてしまいました。
『ムカつくサイテーのやつ!』とか
『バカが嫌がらせ行為するな!』とか。

すると、その荒れた投稿にあろうことかすっぽかした張本人から反応がありました。
「私の悪口ですか?こんなことSNSに書いて拡散して、誹謗中傷ですよ。
都合が悪くなって行けなくなっただけなのに、こんなこと書くなんてもう絶対あなたの教室には申し込みません!」と。

いま思い出しても笑っちゃうくらい訳の分からない人ですよね。
さすがにこのメッセージを読んで、こういうのにいちいた本気で腹を立ててもなんの良いこともないと思い、すべてをスルーしました。

傲慢さに気づく
その一件があってからも、私はまだ傲慢でした。
悪いのは予約をすっぽかしたやつであって、私は悪くない。
変なやつにSNSまでストーカーされて嫌がらせを受けている被害者は私だと思っていました。

その後のレッスンではさすがに心を入れ替えて、長く続けてくれている生徒様をきちんと大切にするとか、新規の問い合わせにも丁寧に対応するとか、当たり前の小さなことなのですが、編みものの仕事を始めた時に絶対に大切にしようとおもっていたことを一つ一つ思い出しました。
文字通り初心に帰りました。
沢山のほころびに気がついて、きちんと態度を改めました。

きちんとしているつもりでも、改めて見直してみると随分ゆるんでいたし、それでも上手くいって当然と思っていて、なんだかすごく傲慢だった自分にやっと気がつきました。
完全に底を見ました。

自分が変になると、変なことを引き寄せます。
納得いかないこととか、理不尽なこと、腹立たしいことなどは自分に向き合って姿勢を正し、そこから自分のほころびに気がついて失敗から学ぶ機会なのです。

私の経験した腹立たしい出来事はすべて自分の心の乱れやほころびから起きたものでした。
あたりまえと思っていたことが、いつの間にかおざなりになって軌道修正しなければならないところまでずれてしまったがために起きたことだったと、今は理解できます。

本当に恥ずかしくて、思い出すだけでもいまだに胸が締め付けられるような心地悪さがあります。

何度でも気づきの機会がある

なぜこんなことをいま改めて思い出して書いているかというと、最近「私ならこんな対応はしないなぁ」という経験をしたからです。
私は勉強のためにいまも色々な人のサービスや品物を買っています。
売れっ子と言われる人のものを買うだけで勉強になるからです。
最近その一つに心地の悪さを感じてしまい、学びを得たというわけです。

一言で言うとお客様やユーザーの立場から見ると一方的な都合を押し付けるような対応です。
詳しくは書けませんが、これは絶対に防げることなんですが、忙しくてそこに気が回っていない状態のようです。
まるで予約すっぽかしをくらっていたときの私のような気がしてきました。

提供される側、提供する側の両方の立場を経験したからこそ見えてきたことだと思います。
提供する側からしたら、あらかじめ書いてあるから大丈夫とか、ここまでなら大丈夫とか、一方的な都合を押し通すことに理由をつけてしまいがちです。
でも提供される側はそれをどういうふうに受け取るかはわかりませんし、多分提供する側よりは結構シビアに判断しています。
特にファンやリピーターが多い人は、好意的なコメントやレビューが並ぶので、不満や疑問を持っていながらなにも言わない1ユーザーの存在に気がつきません。
そんな状況は小さなほころびになっていきます。

かつて、ほころびに気が付かずに傲慢になって、おかしなことが起きて心が乱れた自分を振り返り、再度「私は絶対にこういうことはしない」と初心にかえって心に決めました。

何度でも学びの機会がやってきます。
人の振り見て我が振り直せというのは本当ですし、我が振りを見直して我が振りを直せ、とも自覚しています。
気がつくとあたりまえになってしまっていることに疑問を持って身を正すこと以上に学びはないと思っています。

レディなビーズ刺繍刺繍とファーボールのピアス【モスグリーン】

stand fmでもこのお話しを配信しました。
よろしければお聞きください。
傲慢だった自分が引き寄せた出来事から学ぶことが沢山あったという話

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