33 思い出の一杯
「実家に行きたい」と伝えてくれた翌日、
母の実家に向かった。
前回の滝同様、福祉車両を手配してお出かけの準備。
出発の直前には目眩止めを飲んでもらい車椅子ごと乗車する。
しかし、最近は寝ている時間がとても長い。
また、声をかけても返事がないことが殆どになってしまった。
食事に関しても、次第に朝ごはんを食べなくなり、昼ごはんも食べなくなった。
夜も服薬用のおかゆとおかず数口だけの日や、アイスやおかしを数口食べるだけの日も出てきた。
それでも母には食べたいものがあった。
母の実家の近くにある中華そば屋の中華そば。
母は昔からこのラーメンをよく食べていて、私もよく子供の頃母の実家に遊びに行く度に出前を取ってもらい食べていた。
実家に到着し、いつものように出前を頼む。
子供の頃から変わらない、いつものおじさんがお家に届けてくれた。
母の口元に運ぶ。
麺を一口、スープを二口。
「しょっぱいな」
その一言に笑ってしまった。
意識がハッキリしない中、必死に食べた、念願の、思い出いっぱいの中華そば。
「何だかここ最近、スープの味が変わったような?」
なんて、数ヶ月前母が話していたんだ。
母よ、味は変わってた?確かめられたかな?
私は10年ぶりに食べたその中華そばが
美味しくて美味しくて、涙が出た。
私はそのしょっぱい中華そばを、あなたの分と二杯食べてしまったよ。
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