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「#KuToo運動は楽しい」石川優実さんが折れずに闘える理由

職場での女性に対するヒールのあるパンプス着用義務に抗議する #KuToo運動 。発信者の石川優実さんによる一件のツイートに端を発して多くの共感を集め、1年弱の間に政府や企業にも影響を与える大きなムーブメントとなりました。一方で「それがマナーなのだから従うべき」「男性だって革靴を履いているのだから同じことだ」などといった、運動の主旨から外れた批難やバッシングも多く寄せられています。賞賛も批難も一人で受け止めて矢面に立っていらっしゃる石川さん、さぞ大変なのでは……と思っていましたが、お話を聞いていくうちにそのイメージは覆されていきました。

■最初は「フェミニズム」という言葉も知らなかった

ーー#KuToo運動が2019年の流行語大賞トップテンに選ばれたり、石川さんご自身がBBCの「100人の女性」に選出されたりと、大きなムーブメントになっていますね。改めて石川さんが#KuToo運動を始めた経緯をお聞かせください。

2017年末に#MeTooのムーブメントが盛り上がったとき、自分が芸能界で受けた性暴力被害について告発したのがきっかけです。私は18歳から芸能の仕事を始めて、主にグラビアモデルの仕事をしていました。
当事は仕事の中でモヤモヤすることがあっても「モヤモヤしてる自分が間違ってるんだ」と思っていたんですが、そういったことを#MeTooによって客観視できるようになりました。

ーー#MeTooに参加する前はフェミニズムやジェンダーといった分野にはあまりご興味なかったんですね。

はい、当事はフェミニズムという言葉も知らなかったですし、世の中はもう男女平等だと思っていたんです。#MeTooを通して小川たまかさん、三浦ゆえさんといったフェミニストの先輩たちからフェミニズムの考えかたを教えてもらうようになり、そこから日本におけるジェンダー問題について勉強するようになりました。
あとは、今回出した書籍の編集者さんがフランスのフェミニズムを勉強されてきた人で、そのかたにもとても助けられています。

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■#KuTooを支える専門家揃いのチーム

ーーフェミニズムについて関心を持ってすぐに署名を集めて社会に向けて発信していくことになったわけですが、不安はなかったんでしょうか?

不安はなかったですね。もともと芸能の仕事をしていたので、顔を出して活動することに抵抗がなかったのは大きいと思います。私のツイートが盛り上がっているのを見たChange.orgさんから「署名をやってみませんか?」と声をかけていただいたのがいい機会だと思ったので、この流れに任せてやってみようと思いました。

ーーChange.org側から声がかかったんですね。

そうなんです。いざ署名運動をしようなったとき、#KuTooってマナーや社会通念を変えたいという内容なので「誰にどう署名を出せばいいの?」と行き詰ってしまって。そんなときにChange.orgのかたが声をかけてくださったので、いろいろ相談させていただきました。色々調べてくださった結果、厚労省に出すのが効果的だろうとなりました。

私、それまで厚労省が何をしているところなのかも全然知らなかったので、Change.orgさんが言ってくれなかったら厚労省に提出するということは思いつかなかったと思います。
他にも署名と一緒に提出する要望書のチェックや記者会見の手配、イベントの企画などもしてくださって、本当に心強いです。

ーー他にも手助けしてくれたかたはいたんでしょうか?

この署名がきっかけで知り合ったかたがた何人かでチームのような繋がりを持てていて、そのメンバーは本当に心強い味方です。「自分にも何かできることがあれば」と言ってくださるかたが少しずつ集まってきて、ビデオ会議などで連絡を取り合うようになりました。
過去に就活でパンプスを履かなきゃいけなくてつらい思いをした人や、元CAさん、靴職人の男性など、バックグラウンドはさまざまです。その靴職人のかたが「ヒールのある靴を作っていてしみじみと思うけど、これは無理して仕事中に履かせるようなものではない」と言っていたのが印象的でした。あとは、メディア関係のお仕事をされているかたや労働問題の専門家のかたなどの有識者が、それぞれの専門分野の相談に乗ってくださります。

ーーいつもお1人で矢面に立たれている印象があったんですが、そんなにすごい面々の揃ったチームで動いているんですね! 反面、いわゆる「クソリプ」的な反響も日々寄せられています。

みんな無責任にめちゃくちゃ言ってくるな、というのは日々感じています。Twitterってあまり深く考えずに無責任に発言できてしまう場だと思いますし。

ーーいまだに石川さんのことを「ハイヒールが嫌いな人」だと思っている人もいて、傍から見ていても「そこからか…」とがっくりくることもあります。ご本人はよりうんざりされているんじゃないかと思ったんですが。

そういう人って、もはや署名サイトを読んですらいないってことですよね。何か言う前に一呼吸置くということをしないというか。

ーー議論や考えを深めることが目的でなく、単に"ムカついている"だけという印象を受ける人も多くいます。

そんな感じがしますね。だからなかなか会話が噛み合わない。

――石川さんはそういった相手にも逐一言葉を返しますよね。

そういった何も考えずに発する一言がどれだけ人のことを苦しめ邪魔しているのかをもっと考えてほしいという思いがあります。
先日あった韓国のアイドルのかたの自殺の一件も、SNS上で受けたミソジニーな誹謗中傷によって身を持ち崩したことが一因と言われていますよね。それくらいの威力があるものなんだという認識がまだまだ足りないと思います。私もグラビアをやっていたときからそういった誹謗中傷を受けてきましたが、そういった言葉の暴力を苦に仕事を辞めてしまう同業者もいました。

ーーいつも毅然としたイメージですが、心無い言葉につらくなってしまうことはないんでしょうか。

侮辱的なことも言われるのでやっぱりつらいはつらいです。でも無視するより言い返すほうがマシだなと思っていて。
グラビアの仕事をしていたときはそういった無責任な声を聞いても「ファンの人がそう言うんだから従わなきゃ」と思っていたので言い返さず我慢していたんですが、そうしているとどんどん「自分が悪い」「この人たちの意見が正しい」と思えてきて、自分の判断能力が信じられなくなってしまうんです。それを防ぐためという側面もあります。
言い返すことって「対等」であることの表明じゃないですか。こっちにもちゃんと意思があって、言い返す人間なんだと表明することで、私は自分を保っているところがあると思います。

ーー「対等」に扱うことによる弊害ももちろんあるかと思うのですが、それでも自分を保つために必要な作業ということなんですね。

そうですね、「石川さんがクソリプにキレてるところを見て、自分も怒っていいんだって思えました」という声が連日寄せられてくるんですが、「やっててよかったな」と思います。
ただ、最近は「そろそろいいかな」となってますね(笑)。クソリプのパターンはもう出尽くしていて、私が言い返すことの内容もずっと変わらないし。先日発表した書籍『#KuToo(クートゥー): 靴から考える本気のフェミニズム』では、クソリプをパターンごとに解説しています。その本が出せて一段落したという気持ちがあるんです。

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■#KuTooが変えたもの、これから変えていくこと

ーー最初の厚労省への署名提出時点では制度を変えるところまで到達しませんでしたが、個々の企業レベルではキャンペーンの影響を受けて変革が起こっているという知らせが舞い込んでくることは多いんじゃないでしょうか?

はい、「うちの会社、#KuTooのおかげで服装の規定が変わったよ」というような声は連日たくさん寄せられてきます。最初に声明を出したdocomoをはじめ、ケータイ大手キャリアのショップでは3社ともフラットシューズOKになるといった社会的に大きなニュースがあり、もっと身近な例で言えば「上司が”今まで靴、痛かった?”と聞いてくれた」とか、キャンペーンの影響を受けて従業員同士連携して上司に交渉して、パンプスを履かなくてもよくなったとか。

中でも一番多くて一番うれしいのは、「今まで忖度してパンプスを履いていたけど、履かない勇気が出ました」という、個人個人が自分の意思を尊重することができるようになったという声です。

ーーまだ抜本的に世の中が変わったわけではないですが、今までパンプスを履いていた人たち自身が「履かない」ことを選択する勇気を後押しした、というのは大きいですね。

はい。やはり大本の厚労省から変えたいという思いは強いので、12/3に要望書を再提出して、署名の賛同者数も改めてお伝えしてきました。前回提出したときより賛同者が増えているということを示して追い打ちをかける意味があります。

ーー要望の内容は変わらずですか?

今厚労省が新たに職場でのパワハラを防止するために企業に求める指針を策定しているところ(※取材時点)で、年明けに内容が確定するんですが、現状明らかになっている限りの内容ではまだ充分ではないと感じています。「怪我をしているのにヒールを履かせるのはパワハラにあたるかも」という前厚労相のコメントがあったにも関わらず、今回の指針では現状その点についての記載がありません。そういったところへの言及も追加してアップデートした要望書を提出しました。

ーー厚労省以外のところへのアプローチは考えていますか?

今検討しているのは大学の就活センターです。そこではやはりパンプスが勧められるので、就活生たちが「やっぱり女性はパンプスを履くものなんだ」と思ってしまうのを防げたらいいなと。
企業側が「パンプスじゃなくてもいい」と思っていても大学側や就活産業に関わる事業者が勝手に忖度してパンプスを強いている部分もあるらしくて。それで企業側だけでなく大学側にも働きかけていく必要があると感じるようになりました。

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■もっと気軽に声を上げられる社会に

ーー石川さんはどんどん次のアクションを起こしていますが、主体的に声を上げることができないでいる人もたくさんいます。そういったかたに対して言葉をかけるとしたら、どういったことを伝えますか?

私は声を上げることって無理しないとできない人がやることではないと思うんですよ。「私も声を上げなきゃ!」みたいな責任感に駆られて無理してやることじゃないっていうスタンスなんです。

あと、「声を上げる」と言っても私みたいに矢面に立つことがすべてではないと思うんです。私だって最初は単なる愚痴ツイートだったし、匿名のアカウントで「これおかしいんじゃない?」って言うだけでも充分「声を上げた」と言っていいはず。できる範囲でいいんです。SNSでの発信や、それこそ署名するだけでもすごく大きなこと。そういった小さなアクションが集まってできたのが#KuTooのムーブメントだと思うので。私自身も運動する上で「無理しないこと」を一番心がけています。

ーー無理しちゃったなって思ったことはなかったんですか?

うーん、私の場合はないかな。楽しいようにしかやってないです。それに、署名運動をすることがもっとカジュアルになっていったらいいなと思ってるんですよ。まだまだハードルが高いと思われている気がするんですが、「ここにこういう要望出してみよう」とか「このタイミングでこれやってみよう」とかみんなで計画立てて進める感じは、割と部活動みたいな楽しさもあるんです。社会をよくする真面目な活動ではあるけれど、「楽しさ」が同時にあってもいいと思う。そういうイメージをつけていけたらいいなと思っています。

ーー署名運動が「楽しい」というのはあまりイメージしない人が多いかもしれませんね。

元々芸能のお仕事をしているのもあって、主体的に意見を表明することが好きなんです。表現活動の1つとして考えているところもあります。そういうモチベーションのある人なら楽しめると思いますよ。もちろんこういった活動が負担になってしまう人はいると思うので、自分が一番楽しいと思えるやりかたを大事にするのがいいと思います。

ーーもっとたくさんの人が気軽にアクションを起こせるようになったらいいですよね。今後何か行動したい人のために伺いたいのですが、活動をするなかで一番大事なものはなんだと考えますか?

「これがなくなったらもうダメだな」と思うのは、やっぱり自分の意思だと思います。賛同者のかたやお金って、自分を信じてやっていればついてきてくれると思うんです。まずは自分が「もうダメだ」と折れてしまわないように、モチベーションをうまく調整し続けることが大事だと思います。

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(インタビュー:つっきー 編集:ヒラギノ游ゴ 写真:宮本七生LOY