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ブラック校則に隠された「ヒドゥンカリキュラム」とは

髪の毛が生まれつき茶色いにも関わらず、教員から黒く染めるよう強要され、精神的苦痛を受けて不登校になった女子高校生が大阪府を相手取って裁判をしています。今回は、この問題を端緒に校則のありかたについて見直しを求めるキャンペーンを立ち上げた「ブラック校則をなくそうプロジェクト」のお三方にお話を伺いました。

ブラック校則をなくそうプロジェクト
渡辺 由美子(NPO法人キッズドア 理事長、写真右)
須永 祐慈(NPO法人ストップ!いじめナビ 副代表、写真中央)
荻上 チキ(評論家・NPO法人ストップ!いじめナビ 代表、写真左)
※記事中の写真は2019年8月23日・文部科学省への署名提出時に撮影

「裁判に勝つこと」がゴールではない

ーー皆さんはもともと校則にまつわる問題とは別のことにアプローチする活動をされてきたかと思いますが、詳しくご教示いただけるでしょうか。

渡辺 私は理事長としてNPO法人「キッズドア」を運営しています。活動内容としては、一人親家庭で育っていたり、収入が少なくて生活保護を受けていたりする中学・高校生を対象とした無料の学習支援や、学習指導に加えて食事も出す施設を毎日オープンに運営して、子供たちの居場所作りをおこなっています。

荻上 僕は評論家であり、NPO法人「ストップ!いじめナビ」の代表理事としていじめ被害に遭った子供の支援活動をおこなっています。

須永 僕は「ストップ!いじめナビ」の副代表です。もともと不登校を経験していて、フリースクール出身というバックボーンもあり、今こういった活動に携わっています。

ーー皆さんはプロジェクト発足以前からお知り合いだったんですよね。

須永 そうです。僕とチキさんはもちろん、渡辺さんとは子供の支援に関わるNPOのイベントなどでお会いする機会が多くて。

ーーこの三者でキャンペーンを始めたのは、渡辺さんからのお誘いがきっかけ?

荻上 そうですね、黒染め強制事件が報道されてすぐ、渡辺さんからFacebookのメッセンジャーで「この事件、許せないんだけど」と連絡をいただいて、どのようにアクションしていくべきかアドバイスしていたら、いつの間にか僕もやることになっていました。

須永 僕はそんなチキさんから「須永さんも一緒にやりません?」と声をかけてもらって関わることになりました。

渡辺 例の高校生が茶髪を黒染めすることを強要された事件を知って、海外に住んでいる友人に話したら「この裁判はかなり難しいと思う」と言われたことが、プロジェクト発足のきっかけです。個人が学校と裁判で戦って勝った例が非常に少ないからということだそうで。この裁判をきっかけとしてはいますが、この件に限定せずブラック校則全体に対して疑問を投げかけるプロジェクトとして動いています。

荻上 理不尽な校則をこの時代まで残してしまったことは、我々大人の責任だと思っています。なので、その責任を果たしたいという感覚ですね。キャンペーンを通して世の中が校則について考えるきっかけを作り、見直しに向かっていけばと思っています。

「ヒドゥンカリキュラム」とは

ーーブラック校則として括られるようなものが生まれた原因はどこにあるのでしょうか?

渡辺 プロジェクトとしてオフィシャルな結論は出していないのでそれぞれの見解になってしまうのですが、私は生徒を逐一管理したがる日本の学校の傾向に大きな原因があると考えています。
ツッパリ(不良)が幅を利かせていた時代には、細かくルールを作ってツッパリ的な振る舞いを封じ込め、また一般生徒を守るという点である程度の成果を出していたのかもしれませんが、今はルールを厳守させることが先行し、生徒が学校生活を送る障害になってしまっている。ルールのオーバードース状態になっているんですよね。そういった状況を生み、維持してきた存在として「生徒指導の先生」の影響は大きいのかな、というのが、実地調査を重ねてきたうえで思うことです。

ーーどのような生徒指導がおこなわれているんでしょうか。

渡辺 生徒をよりよい方向へ導くためではなく、校則で生徒を取り締まること自体を目的化しているというか。そういう生徒指導にやりがいを見出してしまっている教員が日本中に一定数いるのではないかと感じています。威圧感があって校内での声が大きい人だと特にですね。校内での声が大きいというのは何も生徒に対してだけでなく、他の教員にとってもです。あまり対立したくない、物申しづらい先生だと、職員室内での自浄作用も働かず、根本のルールの見直しが定期的におこなわれないまま今の時代まで来てしまう。

荻上 問題校則として括られるものの中には、運動中の水分補給禁止、日焼け止め禁止といった、生徒の健康に関わるようなものもあります。運動中の水分補給を禁じることで健康被害が出る危険性は言わずもがな、日焼け止め禁止も、サンバーン対策の観点に逆行しております。今回のキャンペーンを通じて寄せられた事例の中には、髪色を黒く保つために2週間に1度黒染めをする必要のある子どもが、頭皮にダメージが蓄積して学校に通えないほどひどくなってしまった、というケースもありました。もちろん、その経済的負担も、家庭持ちです。

また、今はさまざまな人種の子供が日本の学校に通ってます。校則ができた頃に想定されていた、「黒の直毛」でない髪を持った子供も多くいるわけですが、時代に即したアップデートをされてきていません。

ーーなるほど、校則という手段が目的化して、取り締まり自体にアイデンティティを見出してしまっていると。

渡辺 また、校則に対する家庭内の意識の低さにも問題があると思っています。日本は長らく専業主婦が子育てをしていたので、教育は女親の仕事と思われているところがまだまだある。”女子供の”話で、大人の男性が積極的に参加するものではないという意識が根強かった。そういった環境の中で子供が校則に対する不満を訴えたとしても、父親は傾聴せずに「そういうもんだ」「我慢しろ」と頭ごなしに突き放して、せっかく子供が抱いた違和感を封じ込めてしまう。
例えば女子生徒の下着の色が校則で定められていて、そのチェックを男性教師がする、といった異常事態があっても、保護者がそれを把握できておらず問題化しない、というケースもあります。

ーー保護者に現状への理解を促していくことで自体の改善が期待できると。

渡辺 そうです。校則に関する問題を改善していくうえで、そういった周知を学校任せにしない仕組みや風潮作りが鍵になると思います。

ーー例の裁判の当事者の生徒もそうですが、ブラック校則が不登校の引き金になってしまうケースは多いのでしょうか?

須永 大阪市立大学の故・森田洋司さんが研究されていた不登校に関する実態調査によれば、学校の校則など(学校の決まりなどの問題)が原因で不登校になってしまった生徒は全体の約10%いました。

ーー1割も!

須永 中学校に入学した女子生徒が、服装指導の厳しさを守ることに疲れ切って不登校になってしまった、という事例はいくつも耳にします。その中には、教員による行き過ぎた取り締まりが生徒に伝播して、生徒同士で監視し合うような空気が作られてしまっているといったケースもありました。そういう環境にいると、常に「自分は何か校則を破っているのではないか」という不安に苛まれ、精神のバランスを持ち崩してしまいかねません。

荻上 僕が現行の校則による弊害の中でも特に問題視しているのが「ヒドゥンカリキュラム(隠れたカリキュラム)」です。

ーー「ヒドゥンカリキュラム」とは?

荻上 数学や国語は「こう教える」と明確に学習指導要領に定められていますが、そうではない隠れたカリキュラム。教員の持つ規範意識やメンタリティが、教員から無意識のうちに教え込まれていくことです。
例えば、教員による日々の何気ない言葉の土台にあるジェンダー観が無意識のうちに生徒たちに「男らしさ」や「女らしさ」を刷り込んでしまう、といった状況ですね。ヒドゥンカリキュラムの問い直しから、男女混合名簿も定着しました。

理不尽な校則を無反省に押しつける場合、「ルールが理不尽だと感じても逆らうな」「権力には従わなければならない」という隠れたメッセージを発信してしまうことになります。それによって「ルールは変えられるんだ」という発想自体の芽を摘んでしまいます。

渡辺 そういった環境で育った生徒たちが社会に出ると今度は上司から「言われたことしかやらない」と叱られる、ということがあるわけですが、既存のルールを自分たちで更新していくという発想自体を奪われて育ったら、ルールに従う以上のことができないのは当たり前のこと。教育現場がおよそ今の社会に求められている人材像に合わない人の育てかたをしている。

荻上 だからこそ僕たちは、ルールは変えられるんだという発想自体を周知し、さらに「変えかたをみんなで議論してほしい」と思っています。今回の署名でも、「校則について議論する場を設けてほしい」ということを強調して発信しています。

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「校則の厳格化」調査で明らかに

ーーここからは、どのようにしてキャンペーンを進めたのか教えてください。

荻上 まず、問題提起する上できちんとファクトを示したいと思い、調査を実施しました。10〜50代の男女に「こんな校則を経験しましたか?」という質問に対してYes/Noで答えてもらったのですが、これが予想外の結果でした。

ーー予想外というのは?

荻上 なんとなくここ数十年の間の校則の変化を把握したいと思って実施した調査だったんですが、こんなにも年々校則の縛りが強くなっているとは予想していなかったのです。

ーー校則は年々厳格化しているんですか?

渡辺 そうです。近年これだけ多様化が叫ばれているので、教育現場も寛容になってきているんだろうと思っていたんですよね。多くの学校は多様化に最適化されてきているのに、一部に特別凝り固まった校則の学校が残っているのが問題なんだろうと。ところが、思っていたほど特別な例じゃなかった。驚きとともに「こんなに苦しんでいる生徒がが多いのか…...」と、教育現場で子供の人権がいかに軽んじられているか、実感するきっかけになりました。

荻上 この調査結果については、記者会見でも発表しました。その後、文部科学委員会でこの調査結果に基づく質疑応答が行われ、林芳正大臣(当時)が「子供たちの自尊心を傷つけるようなことはあってはならないので、校則は絶えず見直しをするべき」という旨の答弁をしてくれたことは、このキャンペーンの大きな成果だと考えています。きちんと調査をおこなうと、政治の現場での変化に繋がっていくということは、他の署名活動をされているかたがたにも言えることだと思います。

渡辺 また、調査を通じて明らかになった問題校則について良い/悪いという評価をこちらから示すのではなく、「こんなものがある」と提示するだけに留め、「みんなでもっと校則について考えていこうよ」というスタンスで発信していきました。これが功を奏したようで、たくさんのかたに賛同いただけました。いろんなメディアに紹介してもらったり、「ブラック校則」の名を冠したドラマや映画が生まれたことで、子供たちからの反応もたくさん寄せられました。

ーーいっぽうで、そうした動きに対する反対意見もあったかと思います。

荻上 はい。「校則がなければ学校は回らないんだ」といった“校則秩序論”、「理不尽な状況を経験することが大事なんだ」という“校則しばき上げ理論”、「教育現場は大変だからそれどころじゃないんだ」という“現場疲弊論”など、いろいろありました。ただ、我々は現場の敵になりたいわけではないということは繰り返しお伝えしています。

ーー「校則なんて無くしてしまえばいい」と言っているわけではないんですよね。

荻上 はい。今の校則制度は、民主主義の学校教育にもとるものなのでは、ということについて考えてほしいというのがこのキャンペーンの趣旨です。

1873年に文部科学省が出した、校則制度の原型である「小学生徒心得」の中には、勉強以外の人格形成に踏み入るようなものも多いんです。その後、学校は、「人間形成」の役割を担おうとしてきた。それは今でも必要なのだろうか。せめてその人間形成の中身は、今の時代に合わせて根本から見直す必要があるんじゃないか、ということですね。

校則というプアな装置に頼らなければならない教育現場に、もっと的確なものを配置することで、ひとりひとりの個性に寄り添う、民主的なの学校教育をしていくべきだと。我々は、現場の教員が疲弊している状況も含めてトータルで改善していきたいと考えています。

須永 「私たちも疑問に思っていた」と賛同を示してくれる教員もいるので、校則を指導している側の先生たちの本音を引き出して、そこから議論を起こしていくことも大きなポイントだと思っています。
P&Gが全国の現役中高生・卒業生・先生の男女合計1,000人を対象に実施した「髪型校則へのホンネ調査」によれば、教員の70%が「勤務している学校の髪型校則に疑問を感じている」、87%が「時代に合わせて、髪型校則も変わっていくべきだと思う」と認識しているそうなんです。ですので、この記事を読んでくださっている教員のかたの中にも、賛同していただける先生がいるのであれば、ぜひ何らかの形で声を聞かせてくださったらうれしいです。

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校則を三権分立に

ーー校則を見直していこうと呼びかけるにあたって、モデルケースというか、「じゃあどうすればいいんだよ」という声はあると思います。そういったとき、何か示している具体策はありますか?

荻上 例えば、三権分立を意識したルールを設けるのはどうでしょう。

ーーというと?

荻上 学校は民主主義の訓練の場です。今は校則の「立法」「行政」「司法」の三権がすべて教員に集中しているので、そもそも健全な権利構造ではないのはある意味当たり前だと思うんです。それを、適切に権力分散する。

生徒総会などが「立法」の役割を担い、生徒たちが校則の詳細を議論する。そこで生徒たちの合意を得て定められたルールを「行政」にあたる教員が運用する。教員から「こんな校則はどうだろう」と提案することはできるが、一方的に校則を増やすことは許されない、というように。

「司法」にあたるのは保護者会でしょうか。外から「それおかしいんじゃない?」と投げかけたり、きちんとチェックできるよう体制も必要でしょう。

ーーこういった権利を分散させる民主的な手法を実際に取り入れている学校はあるのでしょうか?

須永 最古のフリースクールと呼ばれるイギリスの「サマーヒル・スクール」は三権分立に近い制度を取り入れています。生徒と教員が日常のルールなどの議論したい話を持ち寄ってミーティングする習慣があり、さらに、ルールを破った生徒を生徒たち自身が裁く仕組みも取り入れられています。

ーーなるほど。日本ではいかがでしょう?

須永 日本のフリースクールやオルタナティブスクールでも、子供たちを中心にしたルール作りに取り組んでいるところはあります。日常で必要となるさまざまなことに対して常に話し合いをするようにして、お互いの意見や違いを認め合いながら最善策を模索する姿勢を養うプログラムですね。

ーー話し合った結果として教員側の意見が採用されたとしても、議論を経て納得の上で決まったことなら、無力感に苛まれずルールを受け入れられますね。では最後に、このプロジェクトの今後の動きについて可能な範囲で教えてください。

荻上 このプロジェクト自体は、署名を提出する段階で一旦終了しました。しかし、その段階では今回問題提起したことがまだ改善されていない状況なので、今後は評論家として、継続的にメディアを通じた情報発信をしていこうと思っています。そのために今、さらなるリサーチをおこなっているところです。近いうちにまた、何らかの進捗を発表できると思います。

(執筆:向井美帆 編集:ヒラギノ游ゴ 写真提供:Change.org)