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決意表明~令和の僕は進化します!

テレビでもお馴染みの社会学者。古市憲寿さんが昨年、小説を書いた。タイトルは「平成くん、さようなら」出版から一年が過ぎてしまったが、最近読んでみて、斬新な面白さにシニカルな笑いが止まらなかった。

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メタ小説という斬新な試み (ネタバレあり)

主人公の名前は平成くんと書いて、「ひとなり」くんと読む。平成くんは売れっ子の若手社会学者として名を馳せていて、テレビなどでも引っ張りだこの人気者。研究の傍らコメンテーターとしても大活躍であり、多くの業界の異なる著名人とも広く交流を持ち、社交的でもあり、仕事熱心だ。

そう。主人公の平成くんとは著者である古市さんそのものなのだ

つまり、この小説は古市さん自身をモデルにしたメタ小説なのである。

私は読み始めて数ページでこの小説が気に入った。主人公の平成くんの髪型や顔の雰囲気、性格的な長所や欠点は、すべて古市さんが自分を客観視して描いたものだと分かる。猫とチョコレートが好きで、セックスが極度に苦手で、弁が立ち、皮肉を良く言い、潔癖症なのに自分の部屋を汚しているなど、すべて著者自身がまるで自分の「分身」としてこの主人公を作り上げた。

さらに、作品の中には学者の落合陽一さんやアーティストのスプツニ子!さんやチームラボの猪子さんなど、現実に存在し、かつ現実の古市さんと交流のある人々がたくさん実名で登場するのだ。また、作品の中で平成くんが出演するバラエティー番組は、古市さんが現実に出演している番組名と同じである。

これはたんに古市さんの日常を綴ったエッセイなのかと言うと、そうではない。しっかりとしたストーリー展開になっている。

平成時代の終わりとともに、平成くんは死にたいとガールフレンドに打ち明ける。そして平成くんは安楽死のための手段をいくつも準備する。安楽死を合法化している時代において(どういうわけかこの小説の中では、2018年の時点で、世界では安楽死が合法化されているという設定になっている!)自分にとっていちばん良い死に方はどれかと模索するのである。

この小説の面白いところは、主人公は正確には平成くんではなくて、平成くんのガールフレンドだ。物語はガールフレンドの「私」の一人称で進められる。だから平成くんの描写はすべてガールフレンドの目線で見た、感じたものとして描かれるわけだから、著者である古市さんはますます自分をメタ化しながら平成くんという主人公を浮かび上がらせていく、というわけだ。

私は読みながら何度も、「平成くん、本当に死んじゃうのかな?」とはらはらする気持ちと、「へえ、古市さんって、こういう人だったんだ!」という好奇心が混ざった感情を交互に抱きながら読んだ。

そしていちばん笑わせて頂いたのは、最後のシーンである。

結局、平成くんは死ぬのだが、いわゆる一般的な死ではなく、彼はデジタルな存在になるのである。デジタルな魂としてサイバー空間を自由に飛び回り、世界のどこにでも存在できる存在になるわけだ。肉体を持った平成くんから、形而上の平成くんにパワーアップする。作品の中ではこれを「死」と位置付けるのか、正直、私にはついていかれない部分もあったが、とにかくガールフレンドにとっては彼は「喪失」したことになっている。

私は悲しい終わり方だとは思わなかった。平成くんのガールフレンドも泣いてはいなかったし、むしろ恋人が形而上の存在に進化したことで、また新しい関係性を見出しているようだった。

古市さんの「分身」として物語を読み進めてきた私にとって、この結末はまるで古市さんの令和への決意表明のようにも感じた。

「平成時代の間は、僕は売れっ子若手社会学者でした。しかしこれから令和の時代は、僕はもっとパワーアップした存在になります! スーパーコンピューターのような存在になって、世界を席巻してやるのです!」

私は行間から、現実の古市さんがそんなふうに豪語しているように思えて、くすりと笑いながら最後のページを閉じた。

潔い小説を読ませてもらった。

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