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ちゃんべ、幼少期。


幼稚園では一度転園を経験していた。


(その後の学校生活に移行しても、転校という人間関係リセットイベントが何度もあったことはわたしの人格形成に大きな影響を与えていると思う。)


当時から明確に"お気に入りの男の子"がしっかりと存在していて、スカートめくりをしてくるいじわるな男の子から逃げて、お気に入りの男の子の背に隠れていたりする女の子だった。

さりげなく当時から"性"を感じていたわたしは、男の子はエッチな生き物なんだということをしっかりと理解していた。お気に入りの男の子の前でスカートめくりをされるということは、お気に入りの男の子が自分のパンツを見てドギマギしちゃう可能性が大いにあることを、すでにしっかり考えていた記憶がある。

更にわたしは小さいときから自分が可愛いと思っていたので、わたしに縋られて嫌な気持になるわけが無いと思っていたし、なんなら"自分の背に縋り付くわたしにときめきなさい"と、幼いながらに思っていた。

少女マンガのアニメをたくさん見ていた。当時はセーラームーンや、神風怪盗ジャンヌなどがやっていた。敵か味方なのかわからない、疑惑のヒーローに揺れ動く乙女心などが描写される作品だ。

普段は強気な女の子が時折弱くなる瞬間に男はときめくのだと、わたしはそこで学んだしまっていたのだ!!

ここがわたしの恋愛におけるオリジンがあったなと、今では思う。


絵を一人で描いてることは多かった。

でも同じくらい、アスレチックや遊具で遊んでいるのも多かった。友達は少なかった。仲のいい少数の友達とずっと遊んでいるタイプだった。


ただ、友達の確保の仕方がやはり少し擦れてた。

親にオマケ付きのお菓子を大量にねだり、そのオマケのおもちゃをだしにして「これあげるから遊ぼう」などと言う幼稚園児だった。

お菓子は食べずに、だ。その手のもののメインはお菓子ではなくオマケではあるのだから、ある意味有効的な活用をしていたことにはなるけども、親からして見たらなんとも可愛げのない様子だったろうと思う。

わたしだって5歳前後の女の子が、早くも露骨な駆け引きを覚えだしていたら複雑な気持ちになってしまう。

きっとこの頃から、人間関係の始まりは価値の提供が無ければ成立しないものだと感じていたのかもしれない。


友達がその場にいないならいないで、一人っ子だったわたしは一人で過ごすのがとても上手だった。

雨予報の日には傘を持って駐車場に出て、まだ濡れていない地面に座り込み傘で自分をすっぽり覆いこんで、しばらくして空から降ってきた水をビニール傘ごしに眺めたりしていた。

人目が気にならなければ今でもやりたい。楽しそうである。


そうしている間にも時は流れ、わたしは小学校に無事進学することができたのだ。






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すき
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黒歴史の大放出。それでもちゃんと立派に育って美容師として働いて彼氏と同棲してる今に至るまで。
コメント (1)
天才だ
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