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はじめての病院、はじめてのカウンセリング

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まずはインターネットで評判のいい病院を探した。1つめは、HPの写真とは違って古びた内装だった。まずは心理カウンセラーの先生からヒアリングを受けた。医師とカウンセラーが連携して診察をすることを知らなかった私にとって予想外だったが、正直、「自分自身の問題だから、誰かに何か言われて変わるものでもないだろう」とカウンセリングをまったく信用していなかった。

そのカウンセラーの先生は、「どうしてそんなに頑張るの?」「お仕事は辞めたら」といった感じで、なんだか「ベンチャー企業でがむしゃらになって女性が働く」ということを不思議に思っているようだった。私にとって「働く」は「暮らす」と同じくらい、もしくはそれ以上に大切なことで、この価値観を理解してもらえないことは治療に繋がらない気がした。

その後、おじいちゃんの医師からたった数分程度の診察を受けて、「鬱ですね、でも大丈夫。これを飲めばすぐに会社に行けるようになりますよ」と5つくらい薬を出されて、最後にはにっこり握手をされた。「なんか鬱の薬って依存性が高そう」という偏見があった私は、いきなり5つの薬を飲むのも怖くて、飲まずに別の病院にも行ってみることにした。

2つめの病院は、優しい女性の先生で、さらに別の心理カウンセラーの先生は1時間以上じっくり話を聞いてくれた。「わざわざお金を払って、時間もかけて、ここに来てるんだし、価値ある時間にしないともったいないな」という気持ちもあって、自分自身も積極的に向き合おうと思った。

約3ヶ月間のカウンセリングを受けて

毎週「来週も土曜日の同じ時間でいいですか?」と言われるがままに次の診察とカウンセリングの予約をして帰り(当時の私は断ることさえ億劫だった)、なんとなく通い続けていると、だんだん色んなことを話せるようになっていった。きっと1回だけなら本心を話さずに終わっていて、2〜3回目からようやく心を許していたように思う。

ふと日常生活の中で「先生もあぁ言ってたな」と思い出して心の支えになったり、何かしら行動に移してみることもあった。自分の性格上、なんとなく「来週までに◯◯しないと先生に申し訳ないな」という期待に応えたい気持ちもあった。小さなことでも肯定してくれたり、引っ越しや転職活動の進捗も応援してくれて、病院に行くまでは億劫だったけれど先生に会うたびホッとして、徐々に良くなっていくことを実感した。

特に印象的だったのが、「自分は怒って泣いている」と思い込んでいたが、「それは、悲しいんじゃない?だって・・」と言われたことだった。目から鱗だった。私は自分で自己理解は高いほうで、自分のご機嫌を取ることも得意なことだと思っていた。しかし、長い期間をかけてゆっくりボロボロになっていった自分には、もう自分で自分を理解して、どうにかすることは出来なくなっていたのだろう。

こうしてカウンセリングを受け始めて約3ヶ月間が経過した頃、きちんと完治したと胸を張れる自信はなかったけれど、それでも「あ、もう来週の予約は大丈夫かも」と思える日が来た。はじめてカウンセリングというものを受けて、客観的に、そして定期的に、自分を見つめることの大切さを噛み締めた。それは決して自分だけでは出来ないことだった。

今回、私の場合は、夫も同じ会社の人で、週末に遊ぶのも社内の人たちで、他のコミュニティの友人たちにも会社のことを日々話していたため、しばらく愚痴のような社内のセンシティブな悩みを打ち明けづらかった。それも長期間に渡って、悩みを吐露し続けるのも自分自身しんどい気持ちがあった。その点、カウンセラーの先生は、今日まで他人だった人。日常的に関わることもない。だから、振り切って頼ることができた。

いまはカウンセラーの先生と出会えたことに心から感謝している。前職時代、もっと早くにカウンセリングを受けていたら、人生が変わっていたかもしれないとも思う。この先生が良かったことは、私との相性の問題でもあると思うため特に病院を紹介したりはしないけれど、もっと色んな人たちの生活の中に「カウンセリング」という選択肢を広めていきたいと自分の体験をもって強く思っている。私は会社での悩みだったが、恋愛や結婚、友人や家族、就職や転職活動など、人生に悩みはつきもの。この文章を読んでくださったあなたが、これからの人生のなかで少しでも苦しい気持ちになったときに、ふとカウンセリングという選択肢を思い出してもらえたらと願っている。

(続く)

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