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「僕」こと、丸山がこの会社で働くことを決めたのは大学4年の5月頃であるが、実はこの会社が地元では「ブラック企業」として有名であったこと、実際にそうらしいということは、入社以前から既に見抜いていた。
ブラック企業といえば、従業員に過度な心身の負担や極端な長時間労働など、劣悪な労働環境下での勤務を強いて改善されない企業のことであり、入社を勧められない企業、早期転職が推奨されるような体質の企業とされている。2013年には流行語トップテンにも選ばれ、その後も某飲食店企業などがニュースで槍玉に上げられるなど、世の中的にも問題視されている。
では、そのような会社と知っていながらなぜ僕が入社したのか、その理由を説明するにはさらに以前へと遡る。

僕がブラック企業に勤めることを決心した大きな理由は、仕事中心の社会人生活を40年余り続けられるだけの自信を身に付けるためである。それはつまり裏を返せば、仕事中心の生活を続けていく自信が持てず、不安を拭いきれなかったということでもある。
多くの人々はある程度の教育を受け、学校を卒業すると、あたりまえのように自身の将来や日々の生活のために仕事に就くようになるが、僕の場合は「あたりまえ」のようにはいかなかった。

僕は物心ついた頃から大学生に至るまで、いわゆる「優等生キャラ」であった。しかし実際は、残念ながら表裏のない優等生ではなく、周りの評価を気にして、大人の言うことに真面目に従い、その代わりに自発的に考え、行動することを放棄してきた「真面目系クズ」であった。それ故に、自分自身の進路選択も自分の好きな進路を選ぶことが上手くできず、悩んできた節がある。

父は長年の勉学の末、一級建築士の資格を取得し、母は3歳年上の姉が生まれるまで保育士として勤めていた。決して裕福な家庭ではなかったが、教育に関しては比較的熱心だったと思う。幼稚園の頃から水泳や書道の習い事、通信教育を受け、勉強に対して苦手意識を持たずに小学生に上がった姉と僕は、勉強に関しては常に好成績を取っていた。学校でも家でも「先生や親の言うことを聞いて勉強しなさい」としつけられ、言うことを守ったりテストや通信簿で良い成績を見せたりすることさえできていれば基本的には何も言われることがなく、ますます大人の言うことを聞くことに何ら疑いを持たないようになっていった。

そんな僕でも言いつけを守らない時はあった。小学校高学年の頃には一度、クラス全員から総スカンをくらったことがある。原因はほんの些細なことだが、給食当番の仕事である食器の片付けを怠り、昼休みに校庭で遊んだことが帰りの会で問題になり、学級裁判に発展した。その時は自分だけが非難されることがどうにも不服だったので、もう一人当番がいたのに手伝ってくれなかっただの、いつまでも完食しきれない子がいただのと反論を述べたが、「人のせいにするなんて最低」「私は怒ってないけれど、あなたのことは嫌い」などと炎上し、最終的にはこちらが折れるような形で謝り、学級裁判は閉廷した。

クラス全員に囲まれて総スカンをくらったことはトラウマとなり、「人に嫌われるのではないか」という不安は、それまで以上に人に嫌われることを怖れさせ、僕を立派なコミュ障に成長させた。1ヶ月ほどは毎朝憂鬱な気分になり、呻き声をあげてはぐずり、周りの人が心配して学校に行かないでいいように言ってくれないかと期待しながら道端でうずくまってみたり足をひきずる真似をしたりしながら登校した。しかし、いじめにあったわけでもないのに学校に行かずに引きこもってしまうと、親を心配させ周囲からの評価を落としてしまう、と子供ながらに思っていた僕は、必要最低限のコミュニケーションだけを取るようにし、学校の内外でクラスメイトとの関わりは極力避けるようになった。
それ以降、「言われたことを大人しく守っていれば楽に生きていけるんだ」と信じ込むようになった僕は、人との関わりを避けるようになった分、一層勉強で良い成績を取ることとや、ゲーム、漫画などのインドアな一人遊びに没頭するようになっていった。

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