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片思いの日々

中山の家に泊まった後も、もちろん俺ら2人に進展はなかった。
その代わり馴染めないと思っていた職場で友達が出来た。
友達になった「中田氏」は大学4年生だった。
こいつも騒ぐことが好きで、どこでもベロベロになるような男だ。
前回の飲み会で、今まで人見知りで真面目そうな(本当に真面目なんだけど)俺の中身が思いの外アホだと知ったから安心したらしい。

酒は、自分をさらけ出すときにかなり便利だ。
若ければなおさら。
社会人には通用しない、若い時にしかできない飲み方がある。
俺は「大人っぽい飲み方が出来る」というスキルをその歳では必要としてなかったから、酒を飲んではガンガン騒いでいた。
大人の飲み方なんて、大人になれば自然と出来るようになる。
これは本当。
今しか出来ない飲み方は、今、しておいた方がいい。

そうして友達になった俺と中田氏。
「今度、川崎に太陽のトマト麺ってラーメン屋があるから行こう。で、その後、カラオケで!」
話していると、近くで聞いていた中山が割り込む。
「なに!?ずるい!!うちも行きたい!!」
「あそこの売り場の星野くんもやばいやつだよ、呼んでもいい?」
「やばいってどんな!?呼ぼう!」
というわけで、女1人、男3人で遊びに行くことになった。

仕事の後、星野氏だけは後から太陽のトマト麺で合流という話だったから、3人でラーメン屋に来た。
人見知りはもうなくなってしまって、俺は、高校からの友達と一緒に遊んでいるくらいの感覚でいた。
仕事は1番新人だが自然と飲みの席でタメ口を外してから、タメ口きくという厚かましさを誰も気にしなかった。
一通り食い終わった俺は楊枝で歯のカスを掃除をして、食い終わったどんぶりに楊枝を捨てたところだった。
俺の隣にすわる中山は「トマト麺」ではなく何故かチャーハンかなんか食ってたのだが、俺のどんぶりからスープを取り出し、飲んだ。

爆笑しだす、俺と中田氏。中山は必死で説明する。
「ごめん!どんな味かと思って!」
「いや…そうじゃなくて…ッ」
爆笑が止まらない俺は箸でどんぶりの中に沈んだ楊枝を取り出す。
「きったねっ」意味がわかって爆笑しだす中山。
なんでもない一コマ。
もしも「中山を好きだ」と意識していたら不器用な俺は、こんなに爆笑しあえていなかったし、必要以上に優しく接して「ごめんごめん」と言ってシラけていたと思う。

それから俺らは酒の買い出しをし、星野氏と合流して約束通りカラオケへ行く。
カラオケでは初めはしっぽり歌っていたのだが、酒がエスカレートし、踊るスペースを確保しようとテーブルを端に寄せ出す俺。
頭を降り出す星野。
一気をあおる中田。
梅酒が甘すぎ飲みきれず噴射する俺。
「オィ!オィ!」とさわぐ中山。
ピスタチオを投げる中田。
まわり出す星野。
トイレへ行く星野。
トイレへ行く俺。
トイレへ行く中田。
トイレへ行く中山。
箱のライブ会場化するカラオケ。
タチの悪い大学生飲みの俺ら。
この時間は今しかできないことを俺らはわかっていた。

中山とはこの頃は騒ぎ仲間だった。
どうせ、俺と中山が付き合うまで発展することはなさそうだな。
という予感があったからだ。
こんなに友達として仲良くなってしまってはその先は無いと経験が言っていたのだ。

それから定期的にこの会は開催された。
職場でKNT会と名付けられたその会は「暴れ具合がヤバいらしい。」と噂されるようになった。
非日常を味わいたいという参加者も増えたが、「あれは体力がもたない、1回で十分です」という人がほとんどで、結局毎回参加するのははじめの4人だった。
この会は朝になることに全力で抵抗するだけの会であって、彼氏を置いて参加する中山を女扱いする奴はいなかった。
惚れてまうやろを何回も経験した俺自身も、そこまで中山を意識していなかったのであった。

ところがある日、KNT会の終わりに「明日休みでしょ、うちこやあ」と中山に誘われた。
「え!?朝からいいの?彼氏は?」
「いや、眠いでしょ笑 彼氏は実家。」
「ちょっとまって、腹減ったからSガス寄る。」
こんな具合に、相手が男であるかのように、話の途中でほっといたりできるくらいの関係だった。
「腹減った」と騒ぐ星野氏を連れて行こうとする俺。
「え?カレー作ってあげるよ?」
「え!?いいよ!それはわるいよ!」

俺が育った家は、母親が不機嫌に料理を作る家だった。
だから、俺の中では料理イコール面倒くさいもの。
作ってもらうのは申し訳ない。と思って断っていると、
トイレに行っていた中田氏が「なに、ガスト寄るの?」と話に入ってきた。
「おぅ、腹減った。ちゃっと食うからちょっと待ってて」
「こいつ、うちの作ったカレーが食えないって言うんだけど!」
「そんなにこいつにカレー食わせたいって毒でも盛るつもりなの…?」
「カレー事件かよ!」と笑ったところで、俺と星野は早朝4時のSガストに入り、中田と中山はすぐ外で談笑していた。

暇な俺は中山が彼氏と同棲する家にきた。
「え、本当に大丈夫なの?とりあえずこれ彼氏にあげといて、お邪魔したお礼に」
と、飲み会で余ったスミノフを渡した。
「マジで!多分喜ぶわ。ありがとう」
そもそもお邪魔するな。という話。

少し寝て起きると中山は俺の顔を見ていた。
「え!?なんだよ、驚くだろ」
「寝顔ぶさいくだね笑」
「おい笑」
やっぱり友達との会話だった。

家を出るときに「送るで」と言われ、チャリで2ケツして蒲田駅まで向かった。
俺がチャリを漕いで、中山が後ろ。送ってねえじゃん…
肩をずっとつかまれて他愛もない話をしていた、そのとき-パチン!
俺の中で赤い実が弾けた。
肩から伝わる体温が、俺の中で中山を女にした。
もう少し、体に触れたいと思った。
蒲田駅についた2人乗り自転車。
俺は中山に「また行こうな」と言うだけで精一杯。俺の片想いがはじまってしまった。
俺は中山に惚れたその日ことを誰にも話さなかった。
この友人関係がつまらなくなることを恐れたからだ。

3月。中田は大学生から新卒社会人になるべく今いる職場を卒業する。
送別会が行われた。
2次会はもちろんカラオケ。
15人が参加することは決まっていた。
そこではパイ投げを開催しよう!大勢でやったら面白いだろうと
俺と中山でパイを用意し、
「みんな着替えは持ってきてね」と
内容は秘密にしてアナウンスをしていた。
中田氏へのサプライズでいきなり奇襲をかけようと企んでいたのである。
カラオケで盛り上がる途中、中山に近づきすぎたい下心満載の俺が耳打ちをする。
「そろそろいくか、アレどこにある?」
「うちのカバンにある」
中山がした耳打ちの唇が、俺の耳に当たる。
しかし、今日の主役は中田氏。
膨らむ下半身を無視してパイ投げで奇襲をかけた。
「着替えもってこいとか…これのことかよ!!」
そこからはパイがなくなるまでパイ投げ。
15人でパイ投げ。
もう部屋がめちゃくちゃだ。
ちなみに中田は帰国子女の開成から慶応大へ行ったハイスペックマンだった。
地頭がよかった彼は大手に入り、あれから10年経った今もバリバリサラリーマンとして海外を飛び回っている。
この日々を彼はもう覚えてはいないだろう。

俺の片思いの日々は、むちゃくちゃで本当に楽しかった。
中山に恋をしていたのもあったが、そんな「楽しい」が多い俺だったから、中山に会えたんだなと、くさいことを思ったりしていた。
楽しいと思っている人は、楽しいことや嬉しいことが集まってくる。
こんな日々の中、付き合っていた彼女からはもちろん連絡がきてはいたが、俺は返事をしなかった。
眼中からほぼいなくなったしまったし、当時の俺にとって彼女と関わることは「楽しくない」ことだったのだ。

俺と中山がお互いに両思いだと気がつくのは、送別会のすぐ後だった。

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