秘密

その少女は小さなからだに小さな秘密を抱えて、吹雪く向かい風の中身をかがめて歩いてきました。私はお湯を使う時、足の指の付け根あたりが急速に温まって血管がキャーキャーと騒ぐその声に耳を傾ける時だけ、歌うのをやめます。そのつかの間の静寂の中に、とんとん、と戸を叩く音が聞こえました。少し間延びした返事をしてから急いで身体を洗い、衣を着て彼女を迎え入れると、人型の真っ白な何か。招き入れて椅子に座らせた彼女は、私が暖炉の火を起こす間中ずっと、雪に濡れた衣を脱ぎもせずに壁一面を覆う本棚を凝視していました。

今日はよく笑うね。というと、彼女は急に顔を上げて、初めて見るものを見るような目でこちらをまっすぐに見返してきました。そのまま待っていると、驚きがひと通り去ったのでしょう、彼女がふっと力を緩めたのがわかりました。目がかすかに笑っていました。

夫とはよく一緒に古本屋さんに行ってね。そういいながら、天井まである本棚の前に立ち、本の背表紙をなでる後姿は、とても小さく見えました。望遠鏡をのぞく後姿はあんなに立派に、恐ろしいまでに大きいのに。ここにある本にはみんな、旦那さんとの思い出がいっぱい詰まっているのかしら。

その少女の抱えている秘密は、どんな冬の日も彼女の一番内側を、あたためてくれているようでした。話してしまったらあまりにもささいな秘密であってほしい、あまりにも些細な出来事で相手に気を許して話してしまってほしい。でも、秘密のあたたかさに気づかぬまま生きていってほしくもありました。だから私は、彼女が秘密を吐き出す垣根を越えぬよう、ずっと用心していました。不安にならぬよう、それでいて一線を越えぬよう。ひょっとして全部私の思い違いだったかもしれないけれど。それが、私が彼女に対して持っている唯一にして最大の秘密でした。

2022/10/31

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