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3軒目 もつ鍋 (上)

2年ぶりの再会だった。

冷たい雨が降る夜、寒さに肩をすくめながら、その店に向かった。

もつ鍋の人気店は、扉を開けると同時に、むっとその熱気が押し寄せてくる。

予約名を告げると、個室に通された。

先にいた彼女は、ヘッドホンで音楽を聞きながら待っていた。

私がぱたりと引き戸を閉めると、ぱさりと長い睫毛を上げこちらを見つめる。

「久しぶり。待ってたよ。」

私がコートをハンガーにかけ腰をかけるのを、黒目がちな大きな瞳でじっと見守る。

「さて、」

ビールを手際よく頼むと、私はその目をしっかりと見つめ返した。

「透子、最近どうしてた?」


高校生の時に通っていた予備校のクラスに、いつも同じ席に座っている子がいた。

思わずはっとしてしまうほどに、その子の顔は整っていた。

手のひらにすっぽりおさまってしまうほどの小さな顔。すっと通った鼻筋。そしてひときわ大きな、黒目がちな瞳。それを縁取る長い睫毛。眉の上で切りそろえられた前髪。そして、驚くほどに似合わないセーラー服。

アンバランス。

彼女をみた時、思わず心に中で呟いた言葉だった。

恵まれた容姿を持ちながら、全身から不安定さが醸し出されていた。ぐらぐらと揺れるつり橋を渡っているように、不安げな眼差しをこちらに向ける。見てはいけないものを見てしまったかのように、思わずついと目を逸らした。

何秒か私を見ると、また彼女は手元のテキストに目を戻した。


講義が終わると、遅くまで開いている自習室に行くのが私の日課だった。そしてその建物の屋上で缶コーヒーを飲みながら休憩するのが私のささやかな楽しみだった。

時刻は夜の21時を越えている。いつも通り階段を登り屋上に行き、缶コーヒーのボタンを押すと、だれもいないはずのベンチに向かった。

そこには先客がいた。

アンバランスさを醸し出す彼女が、セーラー服のまま、そこでひとりタバコを吸っていた。こちらに気づくと、驚いた顔をしつつも悪びれる様子もなく、煙をすうっと吐くと、にっこり笑った。

「同じ授業の子だよね。わたし、透子。あなたは?」


それが彼女との出会いだった。


透子と私はまるで違うのに、なぜか仲良くなった。

というよりは、私が彼女に惹かれていた部分が大きいと思う。彼女の不安定さは人を惹きつける。とりわけ男性は。そしてそれが原因で、女子からは疎まれていたように思う。学校では孤立している、女友達なんてほとんどいない。だから、仲良くなれてすごく嬉しい。形の良いピンクの唇からその言葉が発せられると、同性ながらに胸がぎゅうと掴まれる。


そして透子は、驚くほどに男運が悪かった。

その容姿のおかげで、寄ってくる男は多かったのに、透子が選ぶ男は全員ダメ男だった。透子は男たちをでろでろに甘やかした。透子が手にはいったことに彼らは最初は有頂天になるのだが、やがて透子の甘やかしにすっかり慣れると最後はかならず、透子を裏切るのだった。

どんどんと登場人物が変わっていく透子の恋バナに最初は舌を巻きながらも熱心に聞いていたが、途中からはひどく注意をするようになった。

「ばかじゃないの。何回同じ目にあってんの。あんたにプライドってもんはないの。」

「いいの全然。好きなんだもん。」

とろりとした目でそう言われると、私はお手上げです、と文字通り両手をあげるしかなかった。


お互い別の大学に入学し、そう頻繁に会うことはなくなった。2年生の冬、なんとなく心配になり連絡をし、久しぶりに会うことになった。

透子は、占いに陶酔していた。

住む場所も、取るゼミも、バイトも、なにもかも占いで決めていた。

1人特定の占い師がいるのではなく、4、5箇所の占い師のところに1ヶ月に1度は行くと言っていた。

「朝起きるでしょ。そしたらまず占いのアプリを開くの。そしたら、今日のラッキーカラーとか、食べ物とか、気をつけることが書いてあるの。ああ、その通りに生きたら今日は大丈夫なんだって、すごく安心する。」


なるほど、過去の彼女から漂っていた得体の知れない不安定さは薄れていた。

「彼氏はいるの?」

「いるんだけど、相性が良くないって。来月には運命の人と出会うみたいだから、もう別れるつもり。」

「さすがにそれはやりすぎでしょ。そんなわけないじゃん。透子のなにを知っているのよその人は。」

思わずグラスをバンと置き、口調を荒げると、泣き出しそうな顔で彼女は言う。


「ちゃんといろいろ知ってるよ。全部話してるもん。同じ大学の、よくわかんない女の子たちより、ずっと私のこと知ってる。陰口だって言わないし、あの男たぶらかしてるとか、変な噂も流してきたりしない。信頼してる。」

「そっか。ごめんね。」


陶子の話を聞きながら、私が思い出していたのは、受験の時になんども書いた、イスラム原理主義に関する小論文だった。

不安に狩られた人は、思想でのつながりを求める。他を排除し、共通の敵をつくることで結束を固める。いつしか敵を排除することが彼らの正義となり、自分たちは正しいことをしてると本気で思うようになる。

もとをたどれば、すべての宗教の始まりは日常の不安からの逃避だったという。天災や病気、科学的な解明がなされていない時代、人々の毎日の不安を和らげる存在が必要だった。これを信じれば大丈夫、うまくいくという何かしらのルーティーンをもってし、民は結束を固めると同時に心の平穏を得たのだった。


いま、小さな宗教が目の前で繰り広げられている。そこに私は入る隙はなく、ただただ、彼女が過激な思想にいかないことを願うしかなかった。


彼女を不安にさせてきたものは、一体なんだろうか。心を許せる友達ができないことだろうか。裏切り続ける男たちだろうか。夢も、目標も、やりたいことも特にないまま、迫ってくる未来だろうか。はたまた、小さい頃から無関心だったという親の存在だろうか。そのすべてが複雑に絡み合いねじれ、彼女の漠然とした不安を形成しているように感じた。



大学を卒業するも、占いによると一般企業には向いていないということで、アルバイトをしながら様々な資格を取ることに勤しんでいた。しかしそれのどれも、途中でやはり合っていないという占いによりやめていた。

私の仕事が忙しいこともあり、自然と連絡は取らなくなっていた。そんななか、先日、1本のメールがきたのだ。

「久しぶり。話したいこともあるし、ご飯行かない?」

こうして私と彼女は、2年ぶりに対峙したのだった。



〜続く〜



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