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2軒目 からすみパスタ

ごめえん。遅れちゃって。

相変わらずの遅刻で、陽子は店に入ってくる。

甘い声と、それに呼応するかのように香る、イングリッシュペア&フリージア。

OLとは到底思えないような小さなカバンを丁寧に椅子に置き、店員からおしぼりをもらうや否や、ドリンクのメニューを見ることもなく、ふんわりとした微笑みをこちらに投げかけ彼女は言う。

「ね、ボトル、1本目は白でいいよね?」


陽子と出会ったのは、とあるスナックのバイトだ。

最初は、到底仲良くなれないと思っていた。

いわゆるふんわり系で癒し系、茶髪のセミロングをゆる巻きにし、女の子の可愛らしい部分をぎゅっと固めたかのような女の子、陽子。一方見た目は少しきつめ、黒髪のワンレンの前下がりボブで、ちょっと毒舌系な私。

お互いに、なんとなくテリトリーが違うなと感じていたと思う。


「あ、からすみのパスタある。ねえ、頼もう。」

1本目のワインを速やかに空け、2本目の赤を頼んだついでに、フードメニューを見ていた陽子が無邪気に言う。オイルサーディンを食べた唇がてらてらと光っている。

「ねえ、からすみ。ふふ。」

私たちは、顔を見合わせて二人微笑んだ。


そのスナックは、同じビルに

系列店が2店舗あった。もともとは2階の店舗から始まったがお客さんが増えたため、4階にも店を構えた。どちらにいっても良いが、席が埋まっているときは、もう1店舗の方に誘導していた。

基本的に常連しか来ない店なので、客が普段行っている店舗じゃない方に行くときは、ボトルキープのお酒をもう一つの店に持っていく作業が発生する。店舗に電話をかけ、◯◯さんのボトル出しといてと頼み、取りに行く。

その係は一番年下の子がやるのがなんとなくの流れになっていて、私は2階、陽子は4階の「ボトル回収係」になっていた。

ある日、いつものように電話をかける。

「田中さんの吉四六出しといて。すぐ行く。」

セットと言われる氷やグラス、チャームと言われる乾き物のお菓子などの用意を済ませ、2階の非常階段の扉を開ける。

そう、基本的に店舗間の移動は階段だ。

急いで◯◯取りに行って!と言われると、私たちは階段を高いヒールでなんども駆け上がり、駆け下りるのだ。

扉を開け、2階から4階へと上がっていく私の足がピタリと止まった。

大量のからすみ。

3階から4階にかけての階段の壁側に、発泡スチロールが積み上げられてあり、その上に、1段ごとに3、4個のからすみが置いてあるのだ。

申し訳程度にネットはかぶせてあるが、基本的にむき出しのからすみたちが、雑居ビルの非常階段で、行儀よく並んで干されていた。

戸惑いを抱えながら4階に行き、吉四六を陽子から受け取ると、陽子にこっそり耳打ちする。

「階段が、いけてる感じ。」

えっなにそれどういうこと?怪訝な顔をする陽子に、見たらわかるからと言い残しドアを閉めた。


そして今度は陽子が2階に来る番だった。

カウンターに用意してあった「伊藤さんのハーパー」を受け取るなり陽子が言った。

「えっ・・・からすみ・・・?」

そして私と陽子は顔を見合わせ腹を抱えて笑った。


その日は店舗を行き来するのが楽しかった。お客さんを待たせて互いの店舗に物を取りに行っているので、陽子と長話はできない。私たちの会話は、お互いが行き来するたびの一言ずつだった。

「え、なんで?自家製かな。」

「3階の店舗ってイタリアンとかないよね?」

「基本飲み屋でしょこのビル。」

「つまみに出すからすみ自家製って意識高い。」

「むしろ行きたい。」

「からすみ大好きだからやばい、1つ欲しい。」

「てかかなりいい眺め。」

「完成するのっていつなの?てかからすみってどう作るの?」

「ねえからすみ食べたい。」

「終わったら行こうよ、からすみがある店。」

「おっけ。終わったら2階集合。」


結局、その夜入った店にはからすみはなかった。

ちぇ、なんだ、体がからすみ受け入れ体制だったのに〜などと悪態をつきながら、私たちは日本酒をたくさん飲んだ。


それから6年経った。

湯気を立て、からすみのパスタが席に運ばれてくる。

この店のからすみパスタはリングイネ。ソースの中にはもちろん、上からもたっぷりとかけられた、からすみ。

う〜んいい匂い、と陽子が満面の笑みで言い、フォークに手を伸ばす。


「からすみに感謝!」


そう、からすみに感謝だ。

あの階段の大量のからすみは、次の週には忽然と姿を消した。

階段は業者も、各店舗のスタッフも使う。

どこかからクレームが入ったか、ビルの管理側からの注意を受けたか。

それとも、からすみの乾燥期間が終了したか。

店では、私と陽子しかあの景色を見ていなかった。

ほんの数日の異様な風景が、私と陽子を近づけてくれた。


からすみに感謝。そして、それを干してくれた誰かに感謝。

皿に残った黄金色に輝くクリームを、そっと口に運んだ。

ごちそうさまでした。



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コメント (2)
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そんなに小説を読まない自分が文章を読んではじめて書籍化して欲しいと思いました。
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うええええん。ありがとうございます!書籍化できるようにがんばります!
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