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人間関係には畏怖感が必要で、そのためには不機嫌さを見せてはならない

ぼくは他人と接する時に、優しくしながらも、ちょっとした畏怖を与えるべきだと思っている

畏怖の念がない人間関係は対等とは呼べず、いびつな主従の関係に近くなると思っている

その畏怖が、適度な緊張感を生み、人間関係が対等である必要性を生む…

ここまではいい…

畏怖の与え方にも様々なものがあり、それは言動だったり、表情、態度、地位、プライド、所有物、容姿だったりする…

だが、しかし…

この記事GLAYのTAKUROさんのリーダーの条件を読んで、また新たな畏怖の表し方があることを知った…



「俺が尊敬してるリーダーたちは、みんな「感情にムラがない」ですね。」

「自分の気分や感情を一方的に押しつけないことが、相手への何よりのリスペクトだからです。」

「うん。俺、嫁の前でも素の自分を見せたことってないんですよ。

「ホントに素になるときは、近所のマッサージ屋さんでマッサージしてもらってるときくらい(笑)。」

「子どもの前だろうが、嫁の前だろうが、メンバーの前だろうが、それぞれの前での「理想の男像」を目指しながら過ごしてるんです。」

「「自分らしく」とか「あるがままの自分」とか聞こえのいい言葉もあるけど、「素の自分を見せない」っていうのは、ある意味究極の「リスペクト」の表明方法だと、俺は思うんだよね。」


畏怖を表す手法として、安直だが不機嫌さを出す方法かある

安直であるがゆえに多用してしまう

しかし、不機嫌さを出さないことが逆に畏怖感を出すというのだ

これは知らなかった…

あっ!と叫びそうになった


不機嫌さのように、自分の素をさらけ出すことは一見効果的なように見えるが、長い目で見るとその相手に畏怖感を与えられなくなってしまうと思う

だんだんと二者の距離が近くなりすぎ、相手が怖さに慣れてきて麻痺するからだ

もう、相手は畏怖を感じなくなる

そして、不機嫌さを出すことは相手の反発を呼び、失望を与える

それは単なる反感で、慣れてしまうと相手はこちらに畏怖を感じなくなる

見事に逆効果となってしまう

コントロールできない相手を生む、つまり弱点をつくってしまう


理想の人間性を演出し、自分の素をさらけ出さないことは、相手に隙を見せないことである

つねに緊張感を持っているからだ

弱点をつくらない…


人間関係のコントロールとは、この距離感のコントロールに他ならない

絶妙の距離が、畏怖を生み、その畏怖がまた、リスペクトを生む…、それは最終的に、両者のリスペクトとなり得る

ぼくは、以前、営業会社でカウンター営業をやっていたが、ディテールの積み重ねが重要であるため、表情から言動、元気の良さ、服装、見た目など、全てにおいて、緊張感を持っていた

99積み上げても、1の失敗で流れが変わってしまつからだ…

不機嫌さを出すなど、持ってのほかだった…


この緊張感を自然に持って、仕事のパートナーや同僚、家族、友人に接したらどうだろう…

相手をコントロールするというと不遜なようだが、自分のストイックに保ち、不機嫌さをコントロールし、距離感をコントロールする

その規律やオーラが畏怖の念を呼び、リスペクトを、両者のリスペクトを引き出す

不機嫌になるなら、一人でなっていればいいではないか

わざわざ人の前で不機嫌になっている場合ではない

ぼくにリーダーの素質は皆無だが、しかし、不機嫌さのコントロールは、ぼくも意識し、できれば習得したいものである…

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コメント1件

そう言いながら、一番不機嫌さをコントロールできてないのは、ぼくです!笑
だから、コントロールをどんな人の前でも、できるようになりたい!😆
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