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小説『アンチバーチャルリアリティ』#15

 ツユの言うとおり、シバの指導は非常に初歩的な内容だった。
 最初に行なった体力テストの結果を見つつ、これから当日までのプランを立てた。
「お前の場合、まずは何よりも基礎体力だ。日数がないから十分に伸ばすことはできない。それでも今後のことを考えて、毎日トレーニングしていこう」
 トレーニングメニューは走り込みや筋トレなど、一般的なものだった。『できなくはないが結構キツイ』という負荷のレベルで進めていく。適宜休憩を挟みながら、シバは丁寧に指導してくれた。
 とは言え、まともに運動するのは記憶の中では初めてだ。日が傾きはじめる頃にはもう体力を使い果たしていた。
「よし、よく頑張ったな。付け焼き刃にはなるが、明日からはテクニックも教えていく」
「ハァッ……ありがとうございます……ハァッ……」
 息も絶え絶えな私の様子に、シバは苦笑する。
「今日はいっぱい飯食ってよく寝ろよ。まあ、もう一人は飯食う元気もあるか分からないけどな」

 ビルの入り口付近に戻ると、ちょうど同じくらいのタイミングでハイビとミズキが戻ってきた。
「お疲れ様……えっ?」
 ミズキの顔から驚くほど生気が失われている。全身汚れており、よく見ると腕や脚の所々に擦り傷や打ちつけたような跡があった。
 一方ハイビは染め直したばかりの金髪が少し乱れたくらいで、特に変化はない。むしろ頬が上気し肌がつやつやしているように見えた。
「ミ、ミズキ……?」
 私の声に対し、微かに頷くところを見ると彼の意識は一応ここに在るらしい。一体どんな熾烈な鍛錬が行われていたのか、想像ができない。
「本気出してって言われたからちょっと強めにやったら、やりすぎちゃった」
 ハイビがぺろりと舌を出す。底のしれない女だ、と心の中で呟いた。逆らうのはやめておこう、とも。

 シバの予言どおり、帰りのバイクの上ですでにミズキは眠ってしまい、事務所に到着しても起きなかった。こんこんと眠っている彼を、ハイビが布団まで運んだ。
 事務所はやはり三人では狭い。シングルサイズの布団を三人分敷くと、もう足のふみ場がなかった。そのうちの一枚にミズキをそっと寝かせる。
「明日全身バキバキになると思うから〜アミノ酸とタンパク質採ってね。ミーくんも飲んでから寝てほしかったなぁ」
 そう言いつつ、プロテインが入った容器を私に差し出す。ミズキの分には「飲め!」と書いた付箋を貼り付けていた。
 私はそれを飲みながらハイビに尋ねた。
「ハイビはなんでそんな強いんだ?」
「うう、やっぱりこのプロテイン美味しくない……。んー、ウチが強い理由?」
 そうねえ、と呟いた後ハイビは少し悲しそうに笑った。
「絶対強くならなくちゃ、って思ったからだよ」
「……」
「さ、ご飯たべてサッサと寝よう! ミーくん寝かせてるし、外で何か食べようか」
 彼女がこれ以上語る気がないのであれば、こちらからも深追いすべきではないだろう。私は彼女の過去を想像することをやめ、彼女に案に従った。

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