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第五話 学園への扉

この話のもくじ

厳しい寒さを越え、春の暖かい日差しを受けながら、道無き道をひたすら突き進む。日が落ちるにつれ、徐々に季節が冬を思い出したかのごとく様変わり、日中、衣服に蓄積された汗も手伝って三希は一気に冷えを感じた。

「あれが青龍学園かな」
「恐らく、そうだと思います」

地図と高度計と目の前にある長い壁を見比べ、自信なさげに応える助蔵に三希はいら立った。それだけが理由ではなく、長い旅路にろくな休息も取らずはしり続けたので心身共にぼろぼろであった。だから余計に助蔵の回答にもどかしさを感じていた。

「もう、はっきりしなさいよ!……とりあえず進むわよ」

早くお風呂に入ってご飯を食べて寝たい。三希はそればかり考えている。
二人は壁に沿って歩きしばらくしてから大きな門にたどり着いた。
仰々しい鉄格子の門だ。とても学校の門とは思えない位頑丈で重そうだった。門前には背の高い若い男の人が深々とお辞儀をしていた。

「東雲三希様ですね、お待ちしておりました」
「あなたは誰?」
「私はこの青龍学園の事務員、瀬沼うみと申します。今晩は仮の部屋をご用意しておりますので、そこで旅の疲れを癒して頂き、明日の始業式にご参加後に…」
「うん、説明は明日また聞くわ。とりあえず今日は早く休ませて」
「かしこまりました。それでは中にお入り下さい」

瀬沼は懐に忍ばせていたカードを取り出し、門のすぐ側にある何も無い壁にかざす。すると、何も無かった壁に人ひとりがようやく入れる空間が開いたのだった。

「さ、こちらにお入りください」

うろたえる三希に瀬沼が短く声をかけた。恐る恐る、三希は瀬沼の後を着いて行き、しばらく歩くと来た道が自動で閉じてしまった。夕焼けのかすかな光を失い、手を伸ばせばすぐに壁にぶつかるくらい、狭い道を瀬沼が照らす明かりをたよりに一歩ずつ進む。

三希は闇の中を途方も無く歩いていると、小さい頃の記憶がよみがえって来る。あれは確か、体術の修行で父親にこっぴどくやられ日だ。むしゃくしゃして、助蔵を倉庫に閉じ込めた。そして、お世話係に夕食の時間を知らされ、そのまま閉じ込めた事をすっかり忘れてしまったのだ。
助蔵が救出されたのは3日後。その間、倉庫に閉じ込められたまま飲まず食わずすごした。だから今でも暗闇が怖い。三希は自分の服を掴む助蔵の手が微かに震えるのを感じ取り、まだトラウマが残っているなんて情けないと思った。

「ちょっと助蔵。手はなしてよ」
「す、みません……三希様」

助蔵の声はかすれ、震えていた。三希は助蔵の手が離れるのを感じると歩みを早め、遠のいていた明かりを追いかける。遅れて後ろから着いて来る音が聞こえる。

「ねぇ、瀬沼と言ったわね。なぜこんな道を通るの?」
「この通路が一番の近道だからです」
「ふぅん」
「外からも学園の寮へ行けますが、迷路の様に入り組んでおり慣れない人で丸1日かかります」
「そんなに!?じゃあ、瀬沼はここに勤めて日が浅いの?」
「いえ。言い忘れていましたが、夜になると外の道は動きますので三希様もお気をつけください。おっと、話しているうちに着きましたよ」

瀬沼はカードキーを何も無い壁にかざした。すると、再び外へ繋がる空間が開いた。三希は瀬沼に導かれ、歩みを進める。外はすっかり暗く、星が夜空に瞬いていた。

「こちらが仮のお部屋のカードキーです。三希様達に一つずつお渡しします。普段はゲストハウスとして使用しているのでお風呂や寝具等宿泊に必要なものは全て完備しております。食事は部屋に備え付けられているお電話でご注文下さい。では、私はこちらで失礼させて頂きます」

そう言うと、瀬沼はカードキー二つを助蔵に渡した。そして一礼し、今度は大きな木にカードキーをかざし、開いた空間へ入って行った。それが閉じると三希はその木に触れた。触った感触が本物の木と変わらなかった。これは何かの忍術なのか、それとも別の何かなのか。三希は新しく学園で学ぶことに期待を募らせた。

「三希様、行きましょう。お体が冷えます」
「うん。あと、敬語なしね」
「は、はい……」

三希は助蔵から301と書かれたカードキーを受け取った。二人とも無言でエレベーターに乗り、3階へ降りると各々部屋へ入る。助蔵の部屋は隣なので、後で突撃訪問しようかなと三希は考えた。

でも、それよりもまずは風呂だと思い、三希は着替えの準備をした。既に部屋に届いていたスーツケースを見つけ、下着とパジャマ、シャンプー、トリートメント、タオルを取り出しバスルームへ向かう。扉を開けると洋風の作りで壁は大理石が埋められていた。少し実家のよりも狭いがバスタブはギリギリ足が伸ばせるし、何よりカッコいいデザインだと三希は思った。

頭から足のつま先まで丁寧に洗い、旅の汚れを落とし、その間に十分に溜まったお湯に体を沈める。ただのお湯だけど、三希は最高に幸せだと思った。
お風呂から出ると、バスタオル一枚を巻いた状態で、冷蔵庫に入っていた水を飲み夕ご飯の注文をする。ご飯は部屋に運ばれて来ると聞き、三希はいそいそと体に付いた水分を取り、パジャマに着替える。丁度、短い髪を乾かしきったところで部屋のチャイムがなる。

「どうぞ」
「失礼します」

この短いやりとりで、部屋に食欲をそそられる匂いが充満した。
三希はまず、じゅうじゅう鳴る肉の油がはね終わるまで、周りにあるホクホクしたじゃがバター、甘い湯でにんじん、甘じょっぱいコーンを順番に堪能した。そして、白いご飯をはさみ味をリセットさせ、お次はメインのハンバーグへ移る。ナイフでひと切りしただけで肉汁がぶわっと溢れ出るのを見て、切りながら少しずつ食べようと三希は思った。しかし空腹も手伝ってか、味は予想以上に絶品で火傷を気にせずに口の中へ次々と放り込み、あっという間にデザートのプリンまでさしかかってしまった。

「あぁ、お腹いっぱい。ちょっと休んだら助蔵の部屋行かなくちゃ」

食休みをしようと三希はベッドに横になる。しかしその晩、三希は再び起きることはなかった。


第六話へ続く

画像:フリー写真素材ぱくたそ

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