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見逃される、ということ

小さな頃、自分はとても泣き虫でした。
小学校では毎日のように泣いていました。背が小さかったせいか、クラスメイトの男子にいじめられていたからです。
からかわれるのはいつものことで、時には上履きを隠されたりもしました。
そうしたことで傷ついて泣いていたのですが、そんな自分に当時、「繊細な子ども」というレッテルを張る人はいませんでした。
そもそも「繊細」という言葉を、日常で使うことも、聞いたこともなく、HSPを知るまで、自分とは無縁の言葉だとずっと思っていました。

「そっか。自分は繊細で傷つきやすいんだ」

そう気が付いた時、とても心が楽になったことを覚えています。
だから自分は子どもの頃、毎日のように泣いていたんだ、と。

小学一年生の時だったでしょうか。
当時の担任の先生に言われた言葉で、いまだに忘れられないものがあります。
それはいつものように男子にいじめられて、泣いていた時のことでした。
「泣いてるだけじゃ分からないよ。どうしたいの?」
どうしたいも何もありません。傷ついたから泣いてるだけです。
でも、そんなことすら気付かない先生に対して、自分はその時、思ってしまったんですよね。

「この人はあてにならない大人だ」

自分は毎日泣いていましたから、きっと先生もうんざりしていたんでしょう。まだ先生になって間もない、若い女の人でしたし、子どもの気持ちも分からなかったのかもしれません。

でも、初めて「見逃された」のが、この時だったように思います。

それから少し年が過ぎ、小学五年か六年の頃でした。
クラス替えをしても、別の男子から毎日いじめられていた自分は、ある時、工作の時間に思いつきました。
その時は彫刻刀を使った授業をしていました。隣に座っている男子たちから授業中にからかわれて、やり返してやろうと思ったのです。

思い切って手にした彫刻刀を振りかざしました。
男子たちは一瞬びくっとしましたが、自分はそれを振り下ろしませんでした。脅すだけにしようと、冷静に頭を働かせていたからです。
すると、先生から注意を受けました。もちろん、自分が。

同級生に向けて彫刻刀を振りかざしたのに、ただ一言、注意されただけでした。
親への連絡などはなく、また自分は「見逃された」のでした。
あの時に振り上げた彫刻刀、勢いよく振り下ろしてしまえばよかった。

中学に入っても、やっぱり「見逃され」ました。

高校でも同じでした。

誰も自分を見てくれませんでした。今にして思えば、けっこうな問題行動を起こしてきたはずですが、本当に不思議でなりません。
だから「繊細」なんて言葉は、自分と関係がないと思っていたし、自分が他と違うことにも気づけませんでした。

こんな風に何度も「見逃された」自分は、両親は別として、頼れる大人がいなくてつらかったです。
それでもどうにか成功してやろうと思って、根性だけで乗り切ってきたようなところもありました。

でも、やっぱり時々、思うんです。

あの時に自分をちゃんと見て、向き合ってくれる大人がいたら――。
「見逃され」ていなかったら――きっと。

だからこそ、自分は自分の体験を世の中に出します。
「見逃した」大人たちや、自分と同じように「見逃された」子どもたちへは届かなくても、きっと何かが、ほんの少し変わることを期待して。


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