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国立の西陽と子供

突然だけどぼくには服飾に関する物欲というものがない。
毎日同じ姿でいるとなんだか落ち着く。
要するに面倒くさがりなのだ。
外ではTシャツ。
内ではジャージ。
まるでのび太くんだ。
それでも服を買わないといけない場面もくる。
そのときにはおんなじもんを何枚もまとめ買いする。
それと蹴球堂の店長から「諸葛亮孔明の十万本の矢」が定期的に届く。
「Tシャツのサンプル。作ったから大量に送っといたで」
ぼくのファッションレパートリーはおのずと限定されていく。
目の前にあるBORN IN THE OSAKAと書かれたTシャツ。
これならきっと五年くらいは同じ格好ですごせる。
ひとりおそ松くん状態を作り出せる自信がある。
国立競技場三個分くらいの自信。
…知らんけど。

国立競技場で日本代表戦がある。
元旦だというのに正月そっちのけで見にいった。
三層のコンコースに着いた途端なぜかお腹の具合が悪くなった。
大きめのファーストタッチで仕方なくトイレに駆け込んだ。
無事にクリアした。
絶対に負けられない戦いも終盤差し掛かっている。
そのとき、となりの個室から外に向かって子供が騒ぎはじめた。
「◯◯◯がさー、◯◯◯がさー」
とにかく少年は同じフレーズを繰り返している。
父親であろう塀の外にいる男性に向かって。
何があった少年…ま、まる聞こえやないか。
若者よ。ここは公共の場だ。
あまり大きな声でそのワードをいってはいけない。
おじさんの口からなんか出てしまうではないか。
そやけどおじさん。チ、じゃなくて、コ、でお願いしたい。
これはれっきとした大阪弁の文献にも明確に記されている。
…知らんけど。
古今東西、子供を笑かす呪文はいつの時代も同じである。
…なのに、まわりの子供も大人も誰ひとり笑ってないやんか。
ゲラゲラしてんのは…ワイだけやないかー。
ぼくはなけなしのIQと一緒に出せる限りのモノをさらけ出した。
親子の結末も知らぬまま座席に向かうことにした。

それにしてもこのスタジアムの三層はかなりの急勾配である。
おにぎりやったらコロコロと転がるなあとか変なことを思いつく。
グラウンドに落ちる頃にはきっと巨大化しているはずだ。
…知らんけど。
この日の格好も黒、黒、黒。
ワシゃ名探偵コナンの黒づくめの組織の一味か。
肌の一番近いところには混じり気のない黒。
ピンク色のBORN IN THE OSAKAが鮮やかな黒。
何枚も重ね着をしてきたせいかさすがにあったかい。
とはいえ、ぼくにとって国立競技場の最上階は北極圏である。
風が吹いてきて思わず「げ、ヒャド」
よかった。ザラキじゃなくって。
試合も最終盤を迎え、ますます日が落ちていく。
お腹の調子も良くないうえに子供の呪文が蘇る。
「こりゃあかんわ」
そう思っていたら三層にもやっと西陽が差し込んできた。
「おお、天の恵み、極楽じゃー」
いった矢先に今度は西陽が強烈すぎた。
黒一色の男を焼き焦がす勢いで迫ってくる。
無慈悲な子供が虫眼鏡で黒いところを一点照射する、あれ。
なんかジリジリという音すら聞こえた…気がした。
国立の西陽と子供、恐るべし。
そういえば、
「◯◯◯がさー、◯◯◯がさー」
の続きって、いったいなんやったんやろう。
地下鉄大江戸線が新宿駅を越えた。
ぼくのお腹はまた痛くなってきた。

2024年1月7日 若干の修正

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